清水邦広の名言
北京五輪のときは、自分がダメでも他の人がやってくれる、自分は思いきりやればいいという感じで、何も背負うものはなかった。でも世界選手権は、自分ができなかったら負ける、という責任や重圧がありました。
清水邦広(バレーボール)
'10年秋の世界選手権で、日本は5試合で1勝だけにとどまり、2次ラウンドで敗退。アタッカーの清水は1次、2次ラウンドで得点ランキング2位と奮闘したが、勝てないことに苦悩していた。この苦い経験がロンドン五輪出場へ繋がることを願うばかりである。
Number779号(2011/05/26)
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