EURO2004 決勝弾丸観戦記BACK NUMBER
第1回 リスボンは、燃えているか?
text by
川端裕人Hiroto Kawabata
photograph byHiroto Kawabata
posted2004/07/03 00:00
日本からトランジットの時間も含めると15時間ほどでリスボンに到着。バゲイジ・クレイムで荷物を待つ間に、ラジオの音が聞こえてきた。清掃のおっさんが3人ほど集まって、額を寄せ合って聞き入っている。さらにそのまわりで客室添乗員のおばさんたちが耳をそばだてており、時折、近づいて経過を確認する警備員も数人……。
ラジオは、EURO2004準決勝第二試合、チェコ対ギリシアの生中継だった。すでに延長前半にさしかかっており、やがてラジオから「ゴーロー」と声が聞こえた。おっさんの一人がぼくを見て「ウノ・ゼロ」と指を立てた。ギリシアの決勝ゴール。そのままホイッスル。「嫌な相手が上がってきちまったぜ」とばかりに首を振る。
「で、おまえはどこから来たんだ」
「日本だよ」というと、今度は「どうして」とまたも首を振った。
「チケットがあるのか。うらやましいな。日曜日はビューティフルな試合になるぜ。しっかり見てくるんだぞ。ポルトガルは今度は負けない」
ぼくほ思わず身が引き締まる思いがして、厳かにうなずいた。
バスに乗って夜のリスボン市街を走りながらも、おっさんの言葉が頭の中に残っていて、さあ、とうとうここまで来たぞ、と武者震いのごときものを感じた。
少しばかりメジャーなスポーツ大会の決勝戦を観に行くだけなのに、我ながら大げさである。でも、実感なのだから仕方ない。それは、部分的には、この数週間、グループリーグから準決勝第一試合まで、ほとんどの試合を見続けるうちに心の中で成長してきた、この大会への畏敬ゆえかもしれなかった。
第一の理由は、高みで拮抗するゲームの楽しさだが、どうもそれだけではない。各国代表の間にある明らかなプレースタイルの違い、スタジアムの雰囲気、サポーターの入れ込みよう等々、様々なことが絡んできて、一言ではつくせない何かがある。
だから、ぼくのテーマは、「隣の芝はなぜ青いか」。ゲームを楽しみにしつつ、実はこの裏テーマが気になってならないリスボン行きなのだった。
到着翌朝、聖地巡礼とばかりに決勝戦が行われるルス・スタジアムを訪れた。
決勝戦までには二日半あるから、ゲートが閉め切られ、閑散としている。デンと大地に腰を下ろした威容を遠巻きに望むのみだ。
一方で、スタジアムの前にあるリスボン最大規模のショッピングセンターは、そこそこのにぎわいを見せていた。中に入ると、3階までの吹き抜け部分に掛けられた巨大ユニフォームが目立つ。マジックペンで、みんなが代表への思いを寄せ書きをしていくという趣向だ。
差配係をしているユニフォーム姿の三人組の女の子たちが、無邪気に話しかけてきた。ギリシアとチェコのどっちが決勝の相手になったほうがよかったかなどと会話をした後で、「ねえ、日本語でなにか書いてよ」と言ってくる。
ぼくは「がんばれ、ポルトガル」と書いておいた。ここまで来たら、彼らには本当にがんばってほしい。
「でも、どうして日本人だとわかった?」
「だって、日本人は多いから」
「そんなに多い?」
「少なくともギリシア人よりは。イギリス人やデンマーク人がいなくなった後にはやたら目立ってるわよ」
「どうして? 日本は大会に出ていないのに……」会話に割り込んできた別の女の子の発言に、ぼくはどきっとする。
たぶんそれはだれもが感じる素朴な疑問なのだ。レベルが高いサッカーの試合だから、と言っても、あまり納得できない様子。結局話題を変えて、バイバイした。
どうもこのあたりに、ぼくが今EUROを介して、捕らわれつつある「隣の芝」の問題系が関係している。旅の中で、もう少し考えていけるのではないかと思っている。