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高木豊 「“蛙の子は蛙”ではない」 ~プロ野球選手の息子3人がサッカー選手になったわけ~
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTamon Matsuzono
posted2011/06/29 06:00
自身とは違う道に進んだ息子たちに対して、父親としてどう接したのか。
高木家独自の教育方針に基づいた3兄弟への三者三様のアプローチに迫る。
「野球? やらせたいなんて全くなかったね」
『蛙の子は蛙』というが、高木豊にはこの概念は存在しなかった。かつて大洋ホエールズ、横浜ベイスターズ、日本ハムファイターズに在籍した俊足好打の名選手。大洋時代は屋鋪要、故・加藤博一両氏と共に『スーパーカートリオ』として名を馳せた。現在はプロ野球解説者として、テレビや雑誌で幅広く活躍するが、彼の3人の息子たちは今、野球界ではなく、サッカー界に身を置いている。
清水に所属する長男・俊幸(20)、東京Vに所属(6月20日にオランダ・ユトレヒトへの移籍が発表)する次男・善朗(18)、東京Vユースに所属する三男・大輔(15)。3兄弟とも、世代別日本代表に選出されるほどの有望株だ。
「俊幸は幼い頃、パワーを持て余していたから、何か運動をさせてあげたかった。でも人間って強制されるのが嫌じゃない。だから子供たちの興味を示すものから始めて、複数のスポーツをこなした結果、一番興味を持ったのがサッカーだった」
俊幸は小1のときに一度だけ、自ら志願して野球を始めたことがあった。
「俺に気を使った部分もあったと思う。だけど1年後に、自分から『やっぱりサッカーをやりたい』って言ってきたよね」
「表情、言葉、目。これを親は見逃してはいけない」
小2の時、野球のユニフォーム姿のまま、善朗がプレーするサッカーの試合会場にやってきて、自分の意思を伝えた俊幸に対し、豊は一つの条件を出した。
「グラウンドの端から端まで、全力疾走で35秒以内に走り抜いたらいいよと言ったんです。正直、厳しいタイム設定だと思ったけど、どれだけ本気かを確かめたかった。自分の意思で始めたことを、途中で投げ出すのは好きではないし、決定を変更するにあたっては、相応のリスクが伴うことを教えたかった」
すると俊幸は33秒で走り抜けた。だが、豊はタイム以上に、別の部分に注目していた。
「本気というのは意思表示なんですよ。表情、言葉、目。これを親は見逃してはいけない」
息子の本気を感じた豊は再びサッカーの道に進む俊幸をサポートした。周囲からは「せっかく本人が野球を始めたのにもったいない」という声も出た。しかし、豊はこう反論する。
「確かに息子が野球をやれば、自分のテリトリーの中に置ける安心感はあったでしょうね。でもそれは単なる親のエゴ。自分の好きなことを、得意な分野で伸ばしてあげたほうがいいでしょ。そのほうが『好きこそものの上手なれ』で努力をしますよね」