MLB Column from WestBACK NUMBER
イチローが作る、新たなスタンダード。
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byNaoya Sanuki
posted2004/10/08 00:00
このコラムを明日からいよいよプレーオフに突入する10月4日に仕上げている。日本人選手の中では松井秀喜選手、田口壮選手、野茂英雄投手、石井一久投手の4人がプレーオフ進出を決めているが、シーズン終盤の話題はやはりイチロー選手が独占してしまったのではないだろうか。
残念ながら個人的にはその喧騒からすっかり“蚊帳の外”状態だった。彼が84年ぶりにジョージ・シスラー選手の年間安打数258本を更新した10月1日も、ドジャー・スタジアムでドジャース対ジャイアンツの首位攻防戦を取材。何とか記者席からインターネットで速報をチェックしたのみで、遂に決定的瞬間を見ることができなかった(正直悔しい!)。
今回の記録更新に関しては、日本で多くのメディアが様々なかたちで報じているので、取材していない自分が今更うんちくを語れるとは思っていない。ここでは現在のイチロー選手を他のメジャー選手たちがどのように捉えているのか考えてみたいと思う。
「アイツはおかしいですよ。でも見ていて楽しいですけどね」
ドジャースのセントルイス遠征に同行した際、他の日本人記者とともに田口選手と談笑した時、彼が口にしたイチロー評だった。この話を聞いたときにふと頭を過ぎったのが、1998年に37年ぶりに年間本塁打数を塗り替えたマーク・マグワイアのことだった。
あの年もシーズン中盤から人々の目はマグワイアに釘付けだった。もちろんメジャー選手たちも同じ。試合前の打撃練習ではマグワイアの順番になると、相手選手が群がって見守ったものだった。そして彼らは口々に田口選手と同じ内容の言葉を繰り返していた。
マグワイアの場合が「何であそこまで遠くにボールを運べるのか」という驚嘆なら、イチロー選手の場合は「どうしてあの球を打ち返せるのか」という感嘆。つまり世界最高峰のメジャー選手にとっても、マグワイアやイチロー選手は“別次元”の選手に写っているということなのだ。
「ありえないことをやってしまいました。自分で自分の首を絞めているようなものです」
最終的に262本でシーズンを締めくくったイチロー選手の感想だ。そうでなくてもMVPと新人賞のダブル受賞というセンセーショナルなデビューを飾り、人々のイチロー選手を見るスタンダード(基準)は半端な高さではなかったのに、それはさらに上に引き上がった。もう人々はテッド・ウィリアムス以来の打率4割やジョー・ディマジオの56試合連続安打、さらにはピート・ローズの通算4256本をイチロー選手に託そうとしている。
そのプレッシャーがイチロー選手の進化につながっていく限り、棒高跳びの“鳥人”セルゲイ・ブブカが少しずつ自らの世界記録を更新していたように、イチロー選手も確実にスタンダードを押し上げていくことだろう。