スタジアムの内と外BACK NUMBER
「MAGIC WAND」の生みの親。
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byShoichi Hasegawa
posted2004/10/15 00:00
岐阜県養老町。
静かな山間の街並みが続くその町で、世界を驚嘆させた【MAGIC WAND(魔法の杖)】は作られている。
その職人は、年間最多安打記録保持者となったイチローのバットを始め、松井秀喜のバットも手がけている。'03年には厚生労働省が選定する「現代の名工」にも選ばれた。
一本、一本異なる木材の目を見極め、適材を選び、選手とのコミュニケーションの中から、その選手にとっての理想の形状に木材を整えていく。
職人はその作業を45年続けてきた。
イチローとの出会いは、彼のプロ入り1年目のオフのこと。1年目に使っていた篠塚(和典・元巨人)モデルのバットのヘッドを少し軽くしてほしいという要望を伝えるためにイチローは初めて工場を訪れた。以来、一度もイチローは工場を訪れることなく、黙々と同じ形状のバットを使い続けた。職人はイチローのバットを、ずっと気にかけていた。
「あれから、一度もお見えいただいていないけれども、何か不都合はないだろうか?」と。
それから10年の時を経て、職人は昨年の春、アメリカでイチローと再会した。そして、食事の最中、ずっと気がかりだった胸の内を告げた。イチローは笑顔で答えた。
「(前年シーズン)208本もヒットを打っているんですよ。不満なんかあるわけないじゃないですか。いつもいいバットを作っていただいて本当に感謝しています」
何を食べていたのか、どんな味だったのか。そんなことは忘れてしまった。しかし、イチローの笑顔とその言葉は職人の胸にはしっかりと響いた。
昨年、職人に対して問うた。「あなたにとっての喜びとは?」と。職人は答えた。
「イチローさんの210安打のときは嬉しかったですね。それまでずっと破られなかった記録が、私が生きている間に破られる。そのめぐり合わせの中で仕事ができることをとても誇りに思います」
'94年、イチローは年間最多安打の日本記録、210安打を職人のバットで達成した。
そして、今年。イチローはメジャー・リーグの年間最多安打をも更新した。実に84年ぶりの快挙だった。職人は「時代のめぐり合わせ」の喜びをさらに痛感していることだろう。
工場内の「バット工房」と名づけられたスペースで、900グラムのイチローのバットを製作してもらった。真っ白なアオダモの原木を手に、高速で回転するロクロに向かい、数種類のノミとカンナとペーパーサンドを駆使して、およそ15分ほどで細くて流麗なバットは完成した。最後の確認として、削られたばかりのバットをハカリに乗せる。
目盛りは893グラムを示していた。
「イチロー選手のバットは900グラムではないんですか?」
そう訪ねると職人は、「あぁ」と小さくつぶやき、笑顔で答えた。
「そうですね。でも、イチローさんの黒バットは塗料が7グラムなんですよ」
ドイツ語で「職人の最上位」を意味する、プロバットマイスター・久保田五十一。
くしくもその名には、イチローと同じ「51」がしっかりと刻み込まれている。