MLB Column from USABACK NUMBER

今オフ最大の見所。
スコット・ボラスvsレッドソックスの
激闘。 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2008/12/24 00:00

今オフ最大の見所。スコット・ボラスvsレッドソックスの激闘。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 12月18日、レッドソックス・オーナーのジョン・ヘンリーが、今オフFAランキング1位、マーク・テシェラの獲得を「断念」すると発表した。テシェラ自身は東海岸でのプレーを希望、移籍先の最有力候補はレッドソックスといわれていただけに、突然の獲得断念は、ファンとメディアを驚かせた。

 ヘンリーは「他球団から提示されている条件との差が大きすぎる」ことを断念の理由と説明したが、いまのところ、本当に獲得交渉から撤退したと見る向きは少ない。交渉を有利に進めるための戦術と見られているのだが、というのも、テシェラの代理人は「スーパー・エージェント」の異名をとるスコット・ボラス。レッドソックスとは、これまで何度もスター選手の獲得交渉を巡って虚々実々の駆け引きを繰り返してきた実績があるからである。

 たとえば、2006年オフ、レッドソックスがポスティングで松坂大輔との交渉権を獲得した後、ボラスとの交渉が期限ぎりぎりまでもつれたことは記憶に新しい。年俸総額1億ドルを要求したボラスは「提示額が低い場合、1年待てばFA資格を取得できるのだから松坂を日本に帰す」と、強面の姿勢で交渉に臨んだ。一方、レッドソックスは「巨額のポスティングで大騒ぎになった上、ファンや球団にも別れの挨拶を済ませている。今さら日本に帰れるはずがないし、日本に帰すというのはボラスのブラフ」と確信、要求を突っぱねた。はたして交渉期限直前にボラスが折れ、レッドソックスは、契約期間6年・総額5200万ドルという「バーゲン」価格で松坂を獲得することに成功した。

 松坂の場合、レッドソックスが優位に立つことができた理由は、独占交渉権を獲得していたおかげで、「居もしない競争相手の存在を相手に信じ込ませて選手の値段をつり上げる」という、ボラスの得意技を封じたことにあった。今回のテシェラ獲得交渉でも、レッドソックスの期間8年・総額1億7000万ドルの条件提示に対し、ボラスは「他のチームが2000万ドル高い条件をオファーしている」と言い張ったとされている。両者の差が縮まらないまま、ヘンリーの獲得断念声明にいたったわけだが、「レッドソックスよりも好条件を提示している球団がいる」というボラスのブラフに対して、レッドソックスも「交渉から撤退する」というブラフで対抗したと見られているのである。

 しかし、松坂のときとは逆に、レッドソックスがボラスに煮え湯を飲まされた実例も存在する。2005年のオフ、FAとなったジョニー・デーモンに、レッドソックスは期間4年・総額4000万ドルの条件を提示した。これに対し、ボラスは「6年を提示しているチームがいる」と対抗したのだが、「6年も出すチームがいるはずがない。その手は食わないぞ」とレッドソックスは本気にせず、交渉は暗礁に乗り上げた。ここで、「好機到来」とばかりに登場したのがヤンキース、さっさとボラスとの交渉をまとめると、仇敵からデーモンを奪うことに成功した。ちなみに、ヤンキースがデーモンを獲得した条件は期間4年・総額 5200万ドル、「6年を提示しているチームがいるというのはブラフ」という、レッドソックスの判断は正しかったにもかかわらず、痛い目に遭わされる結果に終わったのだった。

 今回も、ヘンリーの獲得断念声明を受けて、これまで消極的だったヤンキースがテシェラ獲得に「本気」で乗り出したと噂され、デーモンの時と同じく、レッドソックスが、ボラスとヤンキースに出し抜かれる可能性が囁かれ始めている。「自分の目に見えるものだけを信じろ、エージェントの言葉に惑わされてはいけない(Let every eye negotiate for itself, and trust no agent)」とは、シェークスピアの名台詞(『空騒ぎ』第2場第1景)だが、ことボラスとの交渉に際しては、たとえそのブラフを正確に見抜くことに成功したとしても痛い目に遭わされる危険がなくなったわけではないだけに、レッドソックスとしても気が気ではないだろう。

(付記:はたして、本コラムを送稿してから36時間後の12月23日夕刻、テシェラのヤンキース入りが発表された。契約条件は期間8年・総額1億8000万ドルだった)

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