アテネ五輪コラムBACK NUMBER
【ドリーム・チーム史上最大の挑戦】 プロ野球が国際基準に晒される時。
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byHideki Sugiyama
posted2004/07/22 00:00
ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜外野手は「野球とベースボールは全く違う競技」と評している。その違いに気づき、どう合わせていけるか。メジャー1年目の松井は、その点に最も苦労し、そこにアジャストした結果が、2004年のシーズンの数字に結びついてきている。
日本の野球史上初めて、プロの最強軍団を結成して臨むアテネオリンピック。早くから国際化の波にさらされてきたアマチュア球界とは違い、日本の「野球」という独自の土壌の中で発展を続けてきたプロ野球の選手にとり、今回のアテネでの戦いは、まさに国際基準との戦いという見方もできるわけだ。
7月13、14日に東京ドームで行われた長嶋ジャパンのアテネ五輪壮行試合となるキューバ戦は、まさにそのことを見せつけられた試合でもあった。
「様々な意味で世界標準を意識させられた。それにどう合わせていけるか。これからの大きな課題が見えた」2試合を終えた中畑清ヘッド兼打撃コーチはこう総括した。
その国際標準との大きな違いを感じさせられたのがストライクゾーンだった。日本に比べて外角にボール1つ広く、その分、内角に厳しいと言われるストライクゾーン。実際に打席に立った選手も、想像以上の違いに戸惑いは隠せない。「意識していても“エッ!”というストライクはあるし、本番ではもっと外に甘くなることは覚悟しなければならない」と語ったのは中村紀洋(近鉄)だった。この大会では日本人の国際審判員がジャッジをしたが、アテネでは対戦チーム以外の第三国の審判が主審を務める。その点を考えればゾーンの違いは、本大会でより顕著になる可能性も出てくるわけだ。
これにどう対応するか。「この2試合でも頭では分かっているんだけど、こればっかりは選手にとっては体にしみついたもの。このゾーンを徹底的に体に覚えさせるしか対策はないんだよ」と語ったのは中畑ヘッドだった。これはいみじくも松井がメジャー1年目に話していたことと同じだった。瞬間的な判断になるストライクゾーン。キチッと反応するためには、数多くのボールを見て、国際基準のゾーンに反応できるように訓練するしかない。「パルマでのキャンプでどこまで順応できるか。その点がポイントになる」と同ヘッドは説明した。
ストライクゾーンとともに、もう一つクローズアップされたのがボークの基準の違いだった。セットポジションからのけん制で、日本では1度きちっと静止することが厳しく求められる。しかし、今回のキューバ戦ではその点が非常に曖昧だったのが目についた。
実際に13日の試合でも2回に中村がけん制で刺され、4回には谷(オリックス)が同じように誘い出されている。また14日の試合でも7回に宮本(ヤクルト)もけん制死と2試合で3度も引っかかってしまった。
「あんなに静止しないセットはあり得ない」と選手からは不満の声も漏れるが、これもしっかりと叩きこんでおかなければチームが不利になるだけだ。「臨機応変に対応していかなければならないし、逆にここぞという場面では利用することも考えている」(中畑ヘッド)と、むしろこの曖昧さを逆手にとって利用することも必要になってくるだろう。
そのほかにも第2戦の前には審判団によって投手陣の投球フォームのチェックがあり、三浦大輔(横浜)の“二段モーション”がアウトに。三浦とともに危ないと言われていた岩隈久志(近鉄)と石井弘寿(ヤクルト)は「ギリギリ、セーフと言われた」(中畑ヘッド)と言うが、これも本番に当たった審判によっては、不正投球と判定されてもおかしくないという危険性をもつことになりそうだ。さらに選手を戸惑わせたのが使用球の違い。今回のキューバ戦では初めて国際球を初めて使用。日本のプロ野球で使われるよりひと回り大きく、重量も重いボールに「飛ばない」という声がバッターからは聞かれた。
「そういう様々な点でこの2試合は収穫が大きかった。オリンピックという国際舞台で試合をやる以上は、その基準にどう合わせていくか。残っている時間、特にイタリアでの直前キャンプを有効に生かして、対応をはかっていくしかない」(中畑ヘッド)ということになる。
あの松井でさえ、順応するのに1年を要した国際基準。「野球」という独自の世界で発展を遂げてきた日本のプロ野球にとり、今回のアテネ五輪でのドリームチーム結成は、まさに新しい時代に踏み出す第一歩となるものだった。近鉄とオリックスの合併に端を発した球界再編、ワールドシリーズの実現問題と新しい波が押し寄せる中で、日本のプロ野球もその姿を変えるときがきているのかもしれない。長嶋ジャパンがアテネで経験する国際基準から、日本の「野球」が「ベースボール」へと近づく手がかりを得られるか……。そこも今回のドリームチームに課せられた、大きなテーマとなるだろう。