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桑田真澄 厳しき道なれど。
text by
出村義和Yoshikazu Demura
posted2007/03/08 00:00
「ちょっと、みなさん意気込みすぎですよ、とひと言いいたいぐらいです」
桑田真澄は取り囲むメディアを見回し、柔らかい笑みを浮かべて、次のように続けた。
「こっちは、いつかメジャーのマウンドに立ちたいという程度の気持ちでやっているんだから」
常時張り付いているテレビクルーを含めて、連日20人を超えるメディアがその一挙手一投足を追う。南に約140kmの松坂大輔フィーバーに沸くフォートマイヤーズ、北へ約70kmのヤンキースのタンパには及ばないが、例年メディアの数が10人足らずのパイレーツのキャンプ地ブラデントンでは異常事態である。
「いつもの年に比べると、雰囲気が全く違う。でも、これだけ関心を持ってもらえたのだから、チームにとってはとてもいいことだよ」
桑田獲得に動いたデーブ・リトルフィールドGMは、その様子を見て満足げに語った。
また、そのリトルフィールドGMとともに、桑田の運命を決める当事者のジム・トレーシー監督でさえ「日本でスーパースターだった投手が、20年を超える現役の最後をメジャー挑戦で締めくくろうとしている物語は、グレートという表現以外ない」と興味津々なのだ。
桑田本人の意思はどうであれ、38歳の「オヤジ投手」のメジャー挑戦物語は強い関心を集めて、にぎやかに進行しているのである。
しかし、おとぎ話のような物語がハッピーエンドを迎えるには、厳しい現実が立ちはだかる。いうまでもなく、激しい競争がある。メジャーにおける最近のスプリングトレーニングのあり方は二面性を持つようになっている。チームによって多少のばらつきはあるが、実は開幕25人のロースター(試合出場可能な登録選手)は契約に基づいてスプリングトレーニングに入る前から、ほとんど決められているのだ。そのロースター枠内の選手たちにとってスプリングトレーニングはポジションを競り合うのではなく、あくまでも本番に向けての調整の場となる。
一方でサバイバルゲームを繰り広げるのは、メジャー40人ロースターの中で開幕枠の保証を与えきれないベテランや若手、そしてマイナー契約を交わして球団からキャンプに招待された“ノンロースター・インバイティー”(ロースター外招待選手)という名の、いわばテスト生である。桑田はその招待選手だ。開幕ロースターに漏れた彼らを待ち受ける運命はマイナー降格かトレード、最悪の場合は解雇である。桑田はこの危うい立場にある選手のひとりということになるわけだ。
本人が過熱気味のメディアを制しているのは、まず以上のような理由があるからだ。しかも、桑田の場合は38歳という年齢もハンディと考えられる。リトルフィールドGMは「年齢で決めるようなことはしない。いろんな可能性を探っている」と明言しているが、一般的に、同じような実力を持つ選手が最後の枠を争うようなケースでは、将来のある年齢の若い選手を残す傾向が強い。パイレーツのスプリングトレーニングにはメジャー23名、マイナー12名、合わせて35名もの投手が参加している。桑田はその中でダントツの最年長。パイレーツはメジャー23名のうち、30歳を超えているのはたった3人しかいないという、きわめて若いチームなのだ。