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ブラジル 「セレソンが日本を恐れる理由」
text by
竹澤哲Satoshi Takezawa
posted2006/01/12 00:00
「ペレ、また抽選会で大活躍」グループリーグの組み合わせ抽選会が行われた翌日、ブラジルで最も影響力を持つ一般紙グローボは、'02年大会に続いて幸運を引き寄せた、ペレのくじ運の強さを讃えた。
グローボだけではない。新聞各紙の見出しは、こぞって素直に喜びを表していた。
「鍵を握る抽選会― ブラジル、死のグループを逃れる」(フォーリャ・デ・サンパウロ紙)、「ロナウド『特に恐れる組じゃない』」(エスタード・デ・サンパウロ紙)という風に。
パレイラ代表監督は、抽選会前日に行われたインタビューで「'02年W杯の時のフランスやアルゼンチンみたいに強いチームが集まった組に入ることだけは避けたい」と話していただけに、抽選結果には大満足だったようだ。組み合わせが決まると、「ブラジルが入ったのは簡単な組ではないが難しくもない」と緩みそうになる口元を引き締めた。さらには、「オーストラリアはウルグアイを破ったチームだから侮れないだろう。日本とはコンフェデ杯で引き分けているし、クロアチアとも引き分けたことがあるから、非常に力が均衡している組と言えるだろう」と話している。
しかしパレイラ監督が、ブラジルが飛び抜けた存在であることを自ら意識しているのは明らかだった。その証拠に、まだ舌の根も乾かぬうちに「3勝する」と明言し、さらにベスト16での対戦は「イタリアとなる可能性が高いだろう」とまで話しているのである。
テレビ番組で取り上げられるテーマも、すでにベスト16以降のブラジルの対戦国についてである。気の早い番組では、準決勝、決勝の対戦相手予想。さらに試合が行われるスタジアムまで念入りに紹介している。もう予選突破は当たり前といわんばかりだ。
ジーコが大好きだから、
日本を応援するよ。
この楽観ムードについて、サンパウロ在住のジャーナリストで私の長年の友人でもあるシルビオは「今回は予選も楽勝だったからね。アルゼンチンに負けたとはいえ、トップ通過。しかもロナウジーニョ、カカ、アドリアーノを始め、多くの選手がヨーロッパのクラブで大活躍している。'02年に優勝したセレソン以上だと人々の期待も大きいんだ」と説明した。
それでも、ブラジルのサッカーファンがどんな気持ちでいるのか知りたくて、シルビオに頼んで知り合いを紹介してもらった。広告代理店に勤めるマラ・クルスさんは、
「私にとってオーストラリアがサッカーをやっていたことも意外だったわ。ラグビーとサーフィンが好きなのは知っていたけど。日本は、たくさんのブラジル人選手が活躍しているから、きっとブラジル代表と似たサッカーをするのでしょうね」と話した。
サンパウロでシュハスカリア(バーベキュー屋)を経営する、とても陽気で話し好きなマルコ・カンピオーニさんは日本に対して気遣いを見せてくれた。
「ブラジルは間違いなくいいグループに入ったね。一番やっかいな相手はクロアチアだろう。オーストラリアや日本よりもテクニックがある。でも日本戦は苦労させられるんじゃないかな。日本の選手はよく走り回るからね。スピードもあるし、ジーコがブラジル人を封じる戦術を授けるに違いない。しかし恐らくブラジルは、日本戦までの2試合ではグループリーグ突破を決められないだろう。だとすれば日本に勝たなければいけない状況になる。ブラジルが日本を落とすような結果にはなって欲しくないのだがね」
産婦人科医のホジェリオ・ギマラインスさんは熱心なサンパウロファンであるが、ジーコだけは別で、昔からの憧れの人だった。
「2位を争うのはクロアチアと日本。でも僕はジーコが大好きだから日本を応援するよ」
実はこのギマラインスさんみたいに、熱心なジーコファンは現在でもブラジルに少なくない。'90年イタリア大会はブラジルの全試合を見に行ったという女優のヴァヌース・スプリンデルさんもその一人だ。
「ジーコはとても誠実で、一生懸命働くし、ブラジルではとても尊敬されている人。だから多くの人がジーコが監督を務める日本を応援するのでしょう。日本がブラジルと同じ組に入ったのはとても残念です。日本がそれまでの2試合に勝利して、ブラジル戦を迎えることを望んでいます。そうすれば、日本の皆さんはブラジルに負けても悲しまないですむでしょうから」
そのジーコは抽選会の後、休暇を過ごすためにブラジルに帰国した。マスコミが殺到し、彼の言動は新聞の紙面をおおいに賑わせている。リオについた直後に行われたランス紙のインタビューに対して、ジーコは「フラメンゴファンの中には、私を応援してくれる人も多い。したがって日本を応援する人も多いはずだ」と話した。するとこの言葉に応えるように、すぐにインターネット上に「W杯では日本を応援する会」というブログができた。多数の書き込みの中には、「私はブラジルが最初の2試合に勝ってもらうように応援します。そしたら、ブラジルが日本に負けてもよくなるから」というものや、「ジーコは好きだけど、ブラジル代表の中にもフラメンゴ出身の選手がいるし……」と、複雑な胸中を告白しているものもある。
当初は楽観ムード一色だった新聞だが、あまりの有頂天ぶりを戒めるような意見も掲載されるようになり、それに伴い、ブラジル代表が抱える様々な不安材料を取り上げるようになった。
'70年W杯に出場してペレと共にブラジル3度目の優勝を飾り、現在はフォーリャ紙にコラムを書き、また解説者としても人気のあるトスタンも楽観ムードに警鐘を鳴らしている。
「確かにこの組み合わせはラッキーとも言えるものだが、'02年ほどは簡単な組ではないということだ。前回はコスタリカ、中国と明らかに弱い相手が一緒だった。しかし今回の3チームはほぼ力が同等であり、勝つためにはそれなりに苦労させられるだろう」
ブラジルが歴史的に初戦に苦しめられていることを理由に、今回も苦戦を予想する人も多い。'74年大会ではユーゴスラビアを相手に引き分け、'82年大会はソ連に先制され、残り15分でやっとのことで逆転。'86年はスペインを相手に辛勝しているし、'02年もトルコに苦戦を強いられている。
ヨーロッパの主要クラブでプレーする選手が多いブラジルは、大会直前までそれぞれのクラブで拘束され、チームとして十分な準備ができない。親善試合も今のところ、3月1日に行われる1試合しか予定されていないため、コンビネーションの点でも不安が残る。ブラジルがまた初戦に苦しむ可能性は大きい。すでに 11月にクウェートとの親善試合が予定されていながら、クラブ側の圧力もあり、FIFAの指示により中止させられている。パレイラ監督は「少なくとも本大会までは3~4試合やりたい。しかし過密なスケジュールがそれを許さないのだ」と嘆いている。
さらに、意外にも浮上してきたのが日本に対する警戒論だった。
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