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【動画】「寂しさは全然あります」宮崎早織が振り返るバスケ人生と“涙が止まらなかった自己嫌悪”の正体「東京五輪でメダルを獲ったけど…」《インタビュー前編/ENEOSサンフラワーズ》

 気になるバスケットボールチームの強さの秘密やカルチャーにフォーカスしていく動画インタビューシリーズ「Basketball Boice」。今回登場するのはWリーグ・ENEOSサンフラワーズの宮崎早織選手だ。シーズン前に今季限りでの現役引退を発表し、臨んだキャリア集大成の1年。1月の皇后杯では「イメージしていた」という優勝を成し遂げ、有終の美を飾った。今回はENEOS一筋12年間を貫いた現役生活や引退を決めた理由、さらにこれからの夢について前・後編で語ってもらった。
 NumberPREMIERではWリーグを徹底解剖。公開中のチームメイト田中こころ選手の動画インタビューと、宮崎選手の後編も併せてご覧ください。

「寂しさは全然ありますね。二十数年間続けてきたバスケットボール人生が終わる。そう思うと心にぽっかりと穴が空いたような感覚で」

 人生の半分以上の時間を、バスケットボールとともに歩んできた。隣にいるのがまさに当たり前だったような「親友」のような存在が消える。

 しかし、その寂しさを抱えながらも、彼女はどこかすっきりとしている。

「でもだからといって復帰は一切ないので」

 いたずらっ子のような人懐こい笑顔を見せた。

Kiichi Matsumoto
Kiichi Matsumoto

 復帰は「100%ない」と断言できるのは、自分がやるべきこと、やれること、そしてやりたいことを、すべてまっとうしたからだ。

 30歳で迎えた今シーズン、彼女のパフォーマンスは過去最高を記録した。スタッツもパフォーマンスも、この12年間で一番だったと宮崎自身も認めるほど輝いていた。もちろん体力的な限界は微塵も感じていない。それでも彼女がユニフォームを脱ぐという決意をしたのは、銀メダルを獲得した東京五輪後に自らが立てた「パリまで突っ走る」という目標を完遂したからにほかならない。

  東京五輪では日本バスケ界の歴史を塗り替える快挙を成し遂げたが、最終戦後、彼女を待っていたのは、涙が止まらないほどの自己嫌悪だった。

「当時は12人目のメンバーだと思っていて。スタメンで試合に出たりコートに立つ機会も多くはありませんでした。そのとき、パリでは絶対に自分がスタメンでコートに立つと強く決意して、3年間を過ごしたんです」

Tadashi hosoda
Tadashi hosoda

  パリではスタメンとしてコートに立ち、自らの手で試合を動かした。メダルには届かなかったものの、宮崎自身は「やりきった」と胸を張る。彼女にとっては、長い旅を終えるための最後のピースの1つが、このパリ五輪だったのかもしれない。そしてパリで彼女はようやく自分自身を認められたのかもしれない。

トム・ホーバスに突きつけられた自分の甘さ

 動画では以下のような話題についても語っています。

  • 30歳での現役引退に惜しむ声は多いけれど・・・・・・
  • ほとんどの選手がSNSで知った宮崎の引退の真相
  • 引退を伝えたときの馬瓜エブリンの反応
  • すべての決断がブレなかった理由、自分との対話
  • トム・ホーバスに突きつけられた自分の甘さ
  • 東京五輪最終戦後、実家で流した悔し涙
  • 右ドライブにかけた生存戦略

 パリの五輪の後、次の大きな目標を見失った彼女は、周囲に惜しまれ、最高の成績を手にし、笑顔でコートを去った。アスリートの引き際に対する価値観は人それぞれだが、最高に輝いている瞬間に第一線を退くことも1つの選択だ。

「もっとできたはずってよく言われますけど、私は次の目標を選びたい。バスケをやめても自分が好きなこと、興味のあることに挑戦していきたいし、特に女性アスリートのセカンドキャリアの選択肢を増やせる存在ではありたいですね」

 二十数年間のバスケ人生、そして引退を決断するに至った経緯や気持ちなどを率直に語ってくれた宮崎選手の渾身のインタビューをぜひご覧ください。

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photograph by Tadashi Hosoda

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