「おお、そう来るのか!」
10月9日、アメリカ・オレゴン州のNIKE本社。「4つの新しいアイテムの発表がある」と告知され、取材に訪れた場で思わず声がでた。4つの製品が順に紹介されていったのだが、ひと目見て驚愕したのが「Project Amplify」(プロジェクト・アンプリファイ)だ。
このアイテムに関する事前情報は極端に少なく、「powered footwear」という単語がわずかにどんなものかを想像させる程度だった。自分自身は「シューズのミッドソールに、何か新しいサポートシステムが入るのかな」くらいに考えていたので、目の前に現れた「Project Amplify」(以下、アンプリファイ。単語を直訳すると「増幅」という意味)が、シューズというより脚に装着するマシーンだったので唸ってしまった。コンセプトなどの説明を聞く前にそのビジュアル、そこから想起される機能に単純に驚かされたのだ。

NIKEの考えるこの次世代フットウェアシステム、第一印象での「驚き」にはポジティブな要素も、ネガティブな要素もあった。
アンプリファイは、未来の先取りなのか、禁断の一手なのか、わからなかったのだ。
ポジティブ面は、「NIKEが想定外のことをやってくれた!」という嬉しさだ。2017年に発表されたヴェイパーフライ以降、ランニング界を一変させてしまった「厚底シューズ」がその最たる例だが、足を鍛えるをコンセプトにした「FREE」や、代名詞の「エア」をスニーカーに応用した「エアマックス」シリーズなど、NIKEは本当の意味で時代を創るシューズをいくつも生み出してきた。それはいつもシューズに対する「こんなもんだろ」という世間やファンの常識を、いい意味で裏切った時に生まれてきた。
だからこそ、ふくらはぎに充電式バッテリーが付き、そこから伸びたアームに電動モーターがシューズへ接続された「アンプリファイ」の予想外の形にワクワクしたし、これを装着したときに、どんな履き心地なのか、どんな推進力を与えてくれるのか、はたまたこれが日常にあるとどんなランニングのスタイルを創ってくれるのか、と無限に想像が膨らんだ。この想像(妄想と言ってもいいかもしれない)の膨らみ方は、ここ数年のNIKEのシューズでは生まれなかったものだ。

次にネガティブな面は、シンプルに「モーター」を使っていることへの疑問だった。
NIKEはずっと「アスリートのために」「商品を作るためにアスリートの声を聞く」と言い続けている。それは共同創業者ビル・バウワーマンと伝説のランナー、スティーブ・プリフォンテーンという師弟の歴史を紐解くまでもなく、今回の発表を前にした社長エリオット・ヒルのスピーチにも端的に表現されていた。
「ナイキはコーチとアスリートが作った会社です。私たちの会社の存在目的は、アスリートのためになること、彼らの役に立つためことです。アスリートを中心に据え、彼らの意見に耳を傾けて、それによって人間の可能性を広げるーーつまりもっと速く走り、高く跳べるようなものを作る仕事をしてきました」
だが今回、フットウェアに「バッテリー付きモーター」を組み込んだという。人間の身体に向き合い続け、人間の身体の限界に挑戦するアスリートに寄り添ってきたNIKEが、アスリートの能力やパフォーマンスをサポートするのではなく、ロボティクス技術でサポートする方向性に舵を切ったのではないか。あくまでこれはNIKEのフットウェアのラインナップのひとつであることは理解しつつも、最新技術がシューズ開発に持ち込まれた裏で、やや無謀な方向転換がなされたようにも感じられた。
話はやや脱線するが、厚底シューズも「ズルだ」という意見も聞く。ただ、個人的には「厚底」を構成するカーボンプレートや高反発のミッドフォーム素材を使ってエネルギーを生むのはあくまでランナーの動きであり、電気で動くモーターでエネルギーを生むアンプリファイは別モノだと感じている。
NIKEよ、それでいいのか。身体とスポーツに向き合うアスリートが置き去りにされてしまうのではないか。そんな素朴な疑問が浮かんだのだ。
初日の全体プレゼンテーション、司会者から「今回の発表を受けて、みなさんにナイキはクレイジーだと思われるかもしれませんが、それは私たちの意図通りです」という言葉があった。その語尾には間違いなく「(笑)」がついていたが、その言葉を額面通りに受け取りそうになってしまう。

速いスピードのランニングのために…
翌日、NIKEの研究開発チームの拠点である「NSRL」を訪れた。アンプリファイの開発をリードしたマイケル・ドナヒュー氏に期待と懸念をぶつけていった。
ーーアンプリファイはいつ一般発売されるのか。また、どんな人が履くことを想定しているのか教えてください。
「2028年のオリンピックに間に合えばいいけれど、いつ一般発売できるのか、現時点ではわかりません。ターゲットは、もうちょっと速く動きたい、遠くまで動きたい人です。例えばいまウォーキングをしているけれど、ジョギングができていなくて、やってみたい人。NYに暮らしていて、地下鉄ではなく徒歩で通勤したい人。そんな何かができていない人を一番に想定しています。テストを続けてもっと幅広い人に使ってほしい。医療分野ですか? アンプリファイはフットウェアのプラットフォームなので、将来そういった可能性はあるけれど、具体的に医療分野に焦点をあてているわけではありません。NIKEでは医療よりも、みんなに、という方向性で物事を考えています」
ーー将来的にはトップアスリートが着用することもあるのでしょうか。
「とても速いスピードのランニングのために、より大きなモーターを使うことは考えていません。それをやってしまうとスポーツの魅力を損なってしまいますから。でも例えば、反重力トレッドミルのように、アンプリファイがトレーニングのサポートをすることはあるかもしれませんね」

ーー2017年に発表された元祖厚底シューズのヴェイパーフライが「4%」タイムを短縮するといわれていました。昨日の発表時、アンプリファイの性能について「5%」という言葉もありましたが、数値面で何か検証されていることはありますか?
「エリウド・キプチョゲと2時間切りに挑戦するときに、ランニングのエネルギー効率を4%改善するシューズを開発しました。私が昨日伝えたかったのは、アンプリファイをトライした人に平均すると20%以上の代謝面での利益が出てくるということ。例えば、代謝面で1km7分のペースで走ろうとすると、アンプリファイを付けると1km5分くらいのペースで走れるという結果がラボの中ではでました。数字ばかり強調して取り上げてほしくはないのですが、けっこう改善されるということは知っておいてください。シューズで5~7%変わり、アンプリファイがつくことでもっとエネルギー効率が変わるということです。最も大切なのは、坂道が楽になった、楽しく走れるようになった、ということです」
ーーアンプリファイはアニメの世界から抜け出してきたアイテムのように見えてしまい、一般的な人々にはリアルな製品として感じられない面もあると思います。
「誰かがこんなことを言っていました。『科学は芸術に追いつくもの』と。その芸術には、アニメも、SF小説も、映画も含まれます。やや現実離れしているかもしれないけれど、誰かの想像に追いつこうしている――アンプリファイもイマジネーションに現実が追いつくためのそんな過程で産まれたプロダクトです。でも、みなさんをびびらせたくないんです(苦笑)。そのためにデザインチームがやるべき仕事は進めてくれました。昨日、いくつかプロトタイプをお見せしましたが、未来のアイテムと見えないバージョンもあったと思います。過去のものではなく、未来の新しいものだと見えて欲しいんです」
頭に浮かんだブルース・リーの言葉
そしていよいよ室内の200mトラックでアンプリファイを試す。いろいろ頭の中でごちゃごちゃ考えてしまったが、試す直前の思いはひとつ。とにかくワクワクしていた。
まずカカト部分に接合するためのジョイントがついたシューズを履く。カーボンプレートが入っているというが、重くて、とてもこれ単体で走れそうにはない。次にふくらはぎにアーム部分を装着し、さらにふくらはぎに巻いた部分の上にバッテリーを付けていく。最後に「ガチャ」っとジョイント部分を押し込んでシューズと合体だ。


案外簡単に装着できて拍子抜けしたが、この時点ですでにSF映画の登場人物になったようで、気分が高揚してくる。
開発チームの担当者に説明を受けながら歩いてみる。重い、そしてぎこちない。どこか記憶にある感覚だなと考えていると、スキーブーツだ、と思い当たった。足首が自由なので、スキーブーツのように固められている窮屈さはないものの、重さと装着感、そして機械的な歩行音がそう思わせるのだろう。
モーターのオン/オフは、スマホにインストールされた専用アプリで操作。少し歩いてからオンにすると、地面を蹴った瞬間にグッと足裏が持ち上がるようなパワーを感じる。そのパワーに慣れてくると、筋肉の出力を上げたり、歩幅を変えたりしていないのに、早歩きができる感覚を掴めてきた。面白い。
そしていよいよトラックを走ってみた。最初はやはり重量感を感じてうまく走れなかったのだが、慣れもあるのか、100mくらい走るうちにアンプリファイが生み出すエネルギーを、ランニングという行為の中に溶け込ませていくことができるようになってくる。面白い。
ジョグのつもりなのに少しスピードがあがり、膝から下、いわゆる下肢のみにモーターが生む推進力がかかっているはずなのに、歩く/走るという行為のバランスが崩れないのがとにかく不思議だった。足だけが先行してしまうことがなく、あくまで歩く/走るという動作をサポートするような設計、アルゴリズムになっているのだろう。自分が自分の意志で動いているのに、その動きがどうにも腑に落ちない。どういうことなのだろう、と考え始めると迷宮に入り込んだような気分になった。
最高のオモチャを与えられた子どものような表情をしていたのだろう。トラックを走るのも3周目くらいになってくると「何周目?」「楽しそうだね(笑)」「いい感じでしょ!」と開発チームから冷やかし混じりに声がかかった。
それを聞きながら、ふと思った。アンプリファイを装着して走るとき、余分なことは考えないほうがよいのだ。再度、すぐそばについてくれた開発担当者に「これは『Don’t Think, Feel』なシューズですね」とブルース・リーの有名なセリフを引用して伝えると、このフレーズは初めて聞いたようで「まさにそうね!」と嬉しそうに認めてくれた。
考えるな、感じろ。
NIKEが最新技術を集め、シューズ開発にとっては未知の領域に踏み出して発表した「アンプリファイ」というプロトタイプシューズ。小難しいことを考えるよりも、とにかくこの新しさをシンプルに感じることが正しいのかもしれない。
そこまで考えた時に、今回、トニー・ビグネル氏をインタビューしたときに聞いた言葉を思い出した。

トニーは夏までNIKEのメンズパフォーマンスシューズ全般の開発の責任者を務め、いまはその担当範囲がシューズから「イノベーション全般」に広がっている(要するにとても重要な役職に就いている)人物であり、ランニングや陸上競技が大好きなことが表情や言葉から漏れ出てくる人だ。その彼にアンプリファイへの自分なりの懸念点をぶつけると、こんなシンプルな言葉が返ってきた。
「アンプリファイは、人が動くことを助けるものです。走ること、体を動かすことは人々の喜びであり、健康にとって間違いなくいいことですから」
難しいことを考えるな、と諭された気がした。そしてNIKEで35年以上働いているというトニーは、笑顔でこう続けた。
「私のお母さんが、電動自転車のようにアンプリファイを使ってくれたら、と思っています」
走るということ、もっといえば動くということ。そのシンプルな行為の「領域」を広げていくのが、アンプリファイというフットウェアの本質なのかもしれない。
他の3つのイノベーションは?
アンプリファイ以外の3つのアイテム「Mind 001 / 002」、「Therma-FIT エア ミラノ ジャケット」、「Aero-FIT」については動画でファーストインプレッションに就いて語っている。

なかでも最もインパクトがあったのが、ジャケット「Therma-FIT エア ミラノ ジャケット」だ。電動ポンプを使って空気を出し入れすることで、膨張・収縮する、つまり薄手のフーディーがダウンにもなってしまう。ショート動画でその魅力の一部を紹介した。
その他に動画では以下のことを解説している。
- 足裏の受容体で脳を刺激する「Mind」の新しさ
- MindとNIKE FREEの共通点と相違点は?
- 「登山やスキーでも着られる?」エアミラノの耐久性について
- スポーツの祭典にも登場!NIKEの中で「ACG」の立ち位置が変化?
- 空気の流れを科学する!アパレルの新テクノロジー「Aero FIT」に要注目
- 「Aero FIT」はナイキのアパレルの土台になる
NIKEの開発力はもちろん、企業としての発想方法に触れた今回の取材。約20分の動画でその全貌に触れて欲しい。
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