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「世界で一番チェアスキー進化させたのは僕です」森井大輝、村岡桃佳が語る“競技”と“開発”の「人機一体」舞台裏《トヨタ自動車のスキー作りとは?》
パラアルペンスキーの“レジェンド”森井大輝と、“冬の女王”と呼ばれている村岡桃佳。4年に一度の大舞台で最高の輝きを見せようと意気込む2人には、ともに夢を追いかける用具開発チームの仲間がいる。森井と村岡、そしてトヨタの開発チームのリーダーを務める中山英生氏にとって“最強の武器”とは何か。和やかな雰囲気の中、3人が思いを語り合った。
――森井選手と村岡選手からチェアスキーを始めたきっかけをお話しいただけますか。
森井 16歳の時にオートバイの事故で脊髄を損傷して、リハビリ専門の病院に入院している時に1998年の長野パラリンピックを見たことがきっかけです。足が動かなくなって気持ちが沈んでいた僕は、リハビリの先生の言うことも聞かずにケンカをするような毎日で、友達がお見舞いに来て楽しい話をしてくれても作り笑いしかできないような状態でした。ところがある日、病室のテレビをつけたら長野大会をやっていて、すごく衝撃を受けました。僕と同じ障害を持った人たちがゴールエリアでめっちゃ笑顔で笑い合っていて……。スポーツをやればああいう笑顔になれるかもしれない。そう思ってチェアスキーをやろうと決心しました。
村岡 私は4歳の時に病気が原因で歩けなくなってしまい、そこからずっと車いすの生活をしています。小学校に入ると周りの友達はできるのに自分だけできないことがあって劣等感が芽生え、内に籠もっていってしまいました。それを見かねた父が、車いす生活をしている子供達を集めたスポーツ体験イベントに行ってみようと言ってくれたのが小学校2年生の時です。体験したのは車いす陸上と車いすバスケットボール、車いすテニスの3種目。それがすごく楽しくて最初は陸上を中心にやって、3年生の時にチェアスキーの体験会に行きました。
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※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
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