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「金銭的にももう限界で…」世界へジャンプした公務員・内藤智文が絶望したとき、夢を飛び越えたとき「ビュンって飛び越えちゃった感じ」《インタビュー》
大型連休明けの山形市役所。庁舎の5階にある部署で内藤智文は業務にいそしんでいた。首に下げた名札にはこう書いてある。
「文化スポーツ部スポーツ課 ないとう」
きちんと折り目のついたシャツに黒縁メガネ。いまは主に大会の補助金や外郭団体に関する書類作成などをしているのだという。体格的に目立つわけではなく、パッと見てW杯を制したスキージャンパーを思わせる雰囲気はない(むしろデスクワークの方が得意そうに見える)。唯一それっぽいのは、名札入れのピンクのストラップ。これはジャンプの聖地プラニツァで行われたW杯の関係者ID用のものだが、そんなちょっとした自己主張に気づく人は、ここではほとんどいないだろう。
「4月は記憶がないぐらい朦朧としていました。シーズンの疲れ、時差ボケ、もちろん仕事もあって、ようやく落ち着きました」
「国体傭兵」として競技を続ける道を選んだ
入庁2年目の33歳。東京の調布市に生まれ、ジャンプを始めたのは長野五輪観戦をきっかけにのめり込んだ兄・和大さんの影響だった。地元の進学校、桐朋中からジャンプの名門・下川商業に進むため、高校から北海道に留学した。東海大を卒業した後は大学院に進む選択肢もあったが、茨城県の会社で働きながら、県代表として国体での活躍を期待される「国体傭兵」として競技を続ける道を選んだ。学生時代に飛び抜けた成績を残してきたわけではなく、社会人になってまで競技を続けるのは「今後のことを考えれば正しくない選択だ」とは気づいていたという。
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