盤上を見たこともない色模様に彩る「力戦の雄」の山崎隆之九段(45)が本誌に登場するのは1年9カ月ぶりになる。前回は棋聖戦五番勝負への出場、今回は順位戦B級1組への復帰が理由だ。
よいことばかりのようだが、そうではない。この間、山崎には明らかに下降し、停滞していた時期があったが、底までは落ちなかった。もがきにもがいて、際どいところで踏み留まったのである。山崎は自虐とも捉えられそうな率直な言葉で、「漂えど沈まず」の時期を振り返った。
まず一昨年の棋聖戦五番勝負は、15年ぶりのタイトル戦登場として話題を集めた。自由闊達に駒を躍動させる山崎が、最強の藤井聡太竜王・名人(23)とどう戦うのか。ファンは胸躍らせたが、結果は3連敗で敗退。藤井の壁は厚かった。
「藤井さんに1回でも勝ちたいというよりは、一瞬でも勝敗の行方がわからないようなギリギリの勝負をしたかったんです。でも圧倒的な力の差があった。『もうちょっと強くなっとけよ』と自分が若手の頃を思い出しました。一番強くなれるはずの時期に遊んでばかりいたので」
「改めて自分が弱いことに気づかされた」
終わったことは取り返せない。山崎もよくわかっている。でもそう口から出てしまうくらい悔恨の残る敗戦だった。
「改めて自分が弱いことに気づかされた」と山崎は述懐する。自分の現在地をはっきりさせるのは悪いことばかりではあるまい。ただ次第に黒星が続くようになり、「自ら負のサイクルにハマっていった気がします。自分が弱いという事実を受け入れすぎてしまった。本当は『自分は弱くない』って反発しなきゃいけないんですけどね」と嘆息した。
所属する順位戦B級1組では初戦に勝利した後、2回戦から7連敗を喫した。12月に1勝したが、年明けに敗れて2局を残して降級した。痛恨事である。そこから他の棋戦で2連勝し、「ラス前」で羽生善治九段と顔を合わせた。すでに降級が決まっていたが、山崎にとっては九段昇段が懸かった一番になった。
「もっと早く達成しておかなきゃいけないんだけど、棋聖戦の後は全く勝てなかった。ただ九段昇段を羽生先生との対局で決められれば棋士人生の思い出になる。少しは注目されていたので、何とかいい将棋を指したいと思っていました」
その将棋を制し、山崎の肩書は最高段位の九段になった。ここから意識が少しずつ変わり始めたという。
「九段に昇段した結果というよりは、降級の一番と九段が懸かった勝負を連続で戦えたことで少しずつ前向きになっていきました。張り合いを持って将棋を指すことができて、沈んでいた状態が一旦底を打ったのかな、と」
タイトル戦に挑戦したものの、順位戦で降級。18勝23敗という過去最低成績の年度は終わった。新年度に入ると心機一転、新期の順位戦の表ができる。
「もちろん即、復帰を狙っていました」と山崎は語る。「降級したばかりで順位もいいですしね。3敗ならギリギリ昇級の可能性はあると思っていたので、そういう状況で最終戦を迎えたかった」
山崎は走った。3戦目で黒星を喫したが、他は白星を重ねて2026年に突入した。迎えた8回戦の三浦弘行九段戦が最も印象に残っているという。
「粘り強く指すことがテーマでした。お互いにいろいろあったのですが、最後の最後で、粘り勝ちのチャンスがあるとしたらこれしかないと思っていた手が指せた。ただ投了の局面で、こう指されたらどうしようっていう手があったんですよね。ツキもありました」
現代の「鬼の住処」を1期で抜けたのは実力の証明
9回戦にも勝利して、山崎はB級1組復帰を決めた。B級2組は羽生などタイトル経験者や、これからトップ層で活躍するであろう俊英が入り混じったクラスで、以前よりもレベルが上がっている。以前はB級1組が「鬼の住処」と言われていたが、いまはB級2組だろう。そして現在のB級1組は「A級2組」と喩えていい。現代の鬼の住処を1期で抜けたのは実力の証明である。
「三浦戦だけじゃなくて、他にも幸運だった将棋があるんです。例えば5回戦の横山(泰明七段)戦は最後、こちらの玉が詰んでいたのに勝つことができた。こういう幸運を逃してしまうと来期は降級点を取る可能性があると思ったので、しっかり生かせてよかったです」
山崎は「幸運」と何度も語ったが、それはぼんやりしていて舞い降りたのではない。「粘り強く指す」を強く意識していたことの賜物だ。
B級1組の抱負を聞くと、「こういう将棋を見せたい、とかないです」と山崎は言う。しばらく黙った後に、この取材で何度か聞いたフレーズを口にした。
「粘り強く指す。そのことの精度を上げていきたい。それをやらないと、最終戦の前に降級してしまうでしょうから」
山崎隆之Takayuki Yamasaki
1981年2月14日生、広島県出身。森信雄七段門下。'98年四段。2013年八段、'25年九段。棋戦優勝は8回。タイトル戦には'09年王座戦、'24年棋聖戦の2度出場を果たす。得意戦型は相掛かり。
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