月刊文藝春秋6月号に「なぜ3人の男たちが号泣したのか――りくりゅう「奇跡の金」の軌跡」を寄稿した野口さん。今回はその取材をもとに、「支える人」たちのエピソードを掘り下げてもらった。
ほぼゼロから始まったペア強化の歴史
野口さんは今回の記事を書くにあたって、コーチのブルーノ・マルコットさん、日本スケート連盟フィギュア強化部長の竹内洋輔さん、りくりゅうペアの専属トレーナーの渡辺文緒さんの3人にインタビューした。3人とは現場などでたびたび顔を合わせていた野口さん。しかし、改めてインタビューの形で話を聞くと、新しい話がどんどん出てきたという。竹内さんのインタビューに至っては、なんと3時間半に及んだ。
「今回の金メダルは、りくりゅうがもちろんすごいんですよ。アスリートが何をおいても重要なわけですが、金メダルを獲る可能性がある人たちが現れた時に、特に今の時代は科学的戦略や道具など、周りのサポートがないととれないわけです。その支えてきた歴史、というものについて聞いてきました」
フィギュアの強化部長は2012年から8シーズンは小林芳子さんが務め、2020年からは竹内さんが部長となった。日本のペア競技の強化は、この2人の長い取り組みにあった。

日本のペアは、2014年のソチオリンピックで団体戦が始まる前までは、わずか3回しかオリンピックに出場していなかった。しかもそのうち2回は、札幌と長野の開催国枠。あとはアルベールビル五輪に出場したのみだった。井上怜奈さんなど、実力のある選手は海外の選手とペアを組み、他国の代表として出場していた状態。高橋成美さんとマーヴィン・トランさんがペアを解消したタイミングで、木原龍一選手に白羽の矢が立った。
「トリプルアクセルも跳んで、世界ジュニアにも出場しているような龍一くんに『転向してくれ』というのは、やっぱり本当に大変なことだったと。彼の決意も含めてね。『(ペアを組めば団体戦で)オリンピックに出られるからいいじゃん、というわけにもいかないですからね」
木原さんが高橋さんとペアを組んだ2013年ごろは、日本では「ペアって何?」という扱い。団体戦でソチオリンピックに出場したが、記事にもほとんどならなかった。せっかくオリンピックに出たのに、転向した意味はあったのかな……? そんな苦しい時代を過ごし、3度目の北京オリンピック前にりくりゅうペア結成。少しずつ結果が見えるようになってきて、世界選手権優勝、そして今回の金メダルにつながった。
「やっぱりスケート連盟の強化部としても、彼を転向させたからには、本気でペアを育成していかなきゃいけないという責任があるわけです。日本がシングルをここまで強化できて、今までほとんどの予算がシングルに割かれてきた中で、ペアをちゃんと育成するんだと。特にカップル競技は海外で練習しなくちゃいけないので、お金がかかります。そういうすべての面で、結果が出ていない人にもお金を出さないと未来がありません。そういった強化部としての気合いみたいなこともお話してくれましたね」

ブルーノコーチが心がけた「2人への会話」
りくりゅうを指導したブルーノコーチは、フランス系カナダ人。14歳までフランス語しか話せないという状況で育ち、その後英語を身につけたため、りくりゅうの2人が英語で苦戦することにも理解があり、どのように会話をしていったらいいか、という勘もあったのだという。
「ブルーノはとにかく最初、どうやって会話していくかを工夫したと話してくれました。例えば龍一くんに話しかけて、龍一くんが璃来ちゃんに通訳する、というやり方では絶対にダメなんだと。ペアの育成は、2人の選手に対して、何もかも同等でなければいけないと。なのでなるべく2人に同じように話しかけて、璃来ちゃんの英語がだんだん上達していくのを待った、と言っていましたね」
ミラノ2年前、バレーゼ合宿がキーポイントに
りくりゅうの専属トレーナーである渡辺さんは、元々は高橋大輔さんのトレーナーとしてすでに名前が知られた方だった。高橋さんが引退したあとは、日本スケート連盟全体を見るようなトレーナーとなっており、パリオリンピックでのメダル授与式にも同行していた。
メダル授与式の後、選手たちはイタリアのバレーゼに移動し、合宿を行った。バレーゼはミラノ・コルティナオリンピックで、フィギュア代表選手たちの村外拠点となった場所。ここでりくりゅうと渡辺さんはしっかりと話し、体を見てもらい、専属トレーナーとしてやっていくことになった。

「話を聞いていると、このバレーゼでの合宿というのがキーだったみたいですね。バレーゼの街の様子を見て、スーパーがどこにあるとか、こういうホテルに泊まる、というのを事前に見ていきました。竹内さんが言うには、『0と1はとにかく違うんだ』と。本当に初めて行く会場だと何もかも不安になるけど、1回行って、見たことがあるというだけで、いろんな距離感もわかるんだと」
この時、バレーゼのリンクで坂本花織さんとりくりゅうと鍵山優真選手が写真を撮り、「2年後絶対ここに戻ってこよう、団体戦頑張ろう!」と話した。この時の写真を、三浦さんは2年間携帯の待ち受けにしていた。
「歴史の物語みたいですよね。『バレーゼの誓い』です。でもそれが生まれたのは、サポートする人たちの計画あってこそなんですよね」
ポッドキャストでは他にも、以下の話題を話している。
- 2人のカナダ生活を支えた「カナダのお母さん」がいた
- ブルーノコーチが2人に感じた「世界一になれる素質」とは
- 「運命の出会い」だった2人
- 選手村じゃないところに宿泊?試合直前の配慮
- 金メダルにつながった「お昼寝ブース」
- 体ではなく、心もケアする。渡辺さんの絶妙な距離感
たくさんの人の思い、気遣いがつながり、日本フィギュア界の歴史が変わったのだと改めて思わされるエピソードが満載。ぜひ月刊文藝春秋の記事と合わせて楽しんでほしい。(5月19日収録)
「雑誌+年額プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
このシリーズの動画を見る
記事


