
「王鵬が小学生時代、わんぱく相撲大会に出場した時、私が大鵬親方の車椅子を押して、部屋のみんなで両国国技館に応援に行ったんですよ」
昭和の大横綱の愛弟子だった大嶽親方がそう言って目を細める。ふと、この時、「幸之介(王鵬)が将来相撲取りになったら、どんな四股名がいいかな」と頭をよぎったという。
「『王鵬』っていいよな、と思い浮かび、以来ずっと温めていたんですよ」
大鵬の4人の孫はプロレスラーとなった長男を除く3人が角界入り。2021年1月の新十両昇進を機に、三男、幸之介は王鵬となった。本名の納谷から改名し、やっとその四股名を名付けることができたと大嶽親方は頬を緩ませる。
「大鵬道場」との看板が掲げられる大嶽部屋を継承して、はや15年。大嶽親方こと元十両大竜が入門したのは、師匠と仰ぐ大鵬が脳梗塞を患って倒れる1年前、1976年のこと。当時は一代年寄の名跡を名乗り“大鵬部屋”を構えていた。
「親方はなんでも“バカ野郎!”の一言から始まるんです。厳しくて理不尽で、稽古だけでなく生活面でも細かくてね。ちゃんこ鍋の野菜でも、親方の言う通りに入れるのに、翌日は『そうじゃない!』と(笑)。99%が厳しくても、1%の優しさがある。『ありがとうな』なんて言われると、それですべてがチャラになってしまうんです」

「勝とうと思うな、負けてたまるか!」の相撲とは?
そんな大横綱の教えは、今も生きている。
「“毎日毎日同じことを繰り返すのが大事”ということ。『四股十両』という言葉があるんです。しっかり四股を踏んでいれば十両になれるという意味なんですよ。稽古の最後に、今も全員が揃って唱和するんですが、『勝とうと思うな、負けてたまるか! の相撲を取れ』との言葉も大鵬親方の言葉でした」
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