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「よく取材を受けてくれたな」柏原竜二が語る『山の神に抜かれた男たち』への感謝「生島淳さんの文章で上手いなと思うのは…」

2024/05/13
2代目・山の神として箱根駅伝で活躍した柏原竜二さん。現在は東洋大学大学院に通う
 これまでに「Number」とお仕事をしてきた人や、注目のクリエイターに自分の好きな、思い入れのある記事について語ってもらう連載『My Number』。今回は、大学4年間で箱根駅伝5区を4回走り、4年連続区間賞を獲得した「2代目・山の神」柏原竜二さんです。選んだのは、自らが5区で「抜いた選手たち」を生島淳さんが取材した「“山の神”柏原竜二に抜かれた男たち」。当時のことを思い返しつつ、記事について語ってもらいました。

 大学1年生の箱根駅伝の後、初めてNumberから声がかかったとき、「なんだろう……」と正直身構えたことを覚えています。文藝春秋さんと言えば、スキャンダルを追う某誌のイメージがありましたし、よく行くコンビニでは、ビジネス総合誌の近くにNumberが陳列されていたので、格式高い雑誌だという風に見ていたんです。

 それでも、取材をよく受けるようになってからは、他の雑誌にはない凛とした感じがあるなと思うようになりました。ライターさんがスポーツと真摯に向き合っていますし、競技の魅力を真面目に伝えてくださっている印象です。

 Numberでは、駅伝関連に限らず野村克也さんの特集などもすごく好きですし、自分の記事もたくさん載せてもらいましたが、My Numberには「山の神に抜かれた男たち」を選びました。僕が走ってきた箱根の5区がテーマであるにもかかわらず、他の選手の視点で構成されていたことがすごく興味深かったのと、ストーリーテラーとして定評のある生島淳さんが書かれた記事だったからです。

 ノンフィクションで「物語」を組み入れてしまうと、読み手にとってノイズになる自分の感情が入ってしまうリスクがあると思うんですよね。それでも生島さんは、ストーリーテリングの構造で読みやすい記事を書き切っていて、すごいなと思いました。

 初めてこの記事を読み終えたとき、面白いなという感想と同時に、1年目から3年目までの箱根5区で先を争った三輪(真之)さん、大石(港与)さん、早川(翼)君がよく取材を受けてくれたなと正直感じましたね。大会の期間中、他校の選手と話すことは滅多になかったので。だからこの記事を通じて、レース中の証言を聞けたのがすごく嬉しかったです。

 あのとき走路で交わった選手を抜いたシーンは忘れていません。当時の自分は先頭に立ってから、その後のプランを立てることが多く、まずは目の前の選手を一人ひとり抜いていくことに集中するスタイルでした。たとえば、1年目の三輪さんとの攻防では、箱根山の最高到達点を過ぎた後に追いついたので、そこから苦手の下りに向けた戦略を考え始めたこともありました。決して抜いた全員を記憶していたわけではありませんが、あの3人のように、トラックレースで注目されていたり、エースと呼ばれていたりした選手は一通り覚えていますね。

 トップでたすきを受け取った4年目の箱根では、これまでとは対照的に1人も抜かずに終わった単独走でしたが、1時間16分39秒の区間新記録を残せました。ターゲットとなる走者がいなくても結果を出せたのは、目標タイムのために走っていたからです。自分の場合は、それが1時間16分台でした。優勝したいというモチベーションがより強かった年もありましたが、順位と記録、どちらを追うにしても、ベストを尽くすことに変わりはなかったです。

 あの大学4年間、すべての箱根で山を上りましたが、記事中で大石さんに推測していただいた通り、そこに対する情熱は最後まで失われなかったです。チームで目標を達成するには、どうしても自己犠牲が付き物だと思いますし、そこで自分の役割を全うするには意欲をもち続けることが一番大事なことじゃないかなと思っています。

 振り返ってみると当時は「柏原には5区をやらせるべきではない」、「2区や7区が良いんじゃないか」など、本当にいろいろな論調がありました。それでも僕は、他の区間に行く気は正直なかったです。同じ福島県出身で5区を走られていた今井正人さんに憧れて、同じ景色を見ることを目指していましたし、それを誇りに感じていたので。もっと言えば、同郷人として今井さんに憧れることができたから、4年連続区間賞を達成できたと思っています。

 勝負にこだわる意識をみんなが持っていたから、ライバル意識が強すぎて自分たちの世代はすごく仲が悪かった(笑)。練習でも何でも負けたくなかったんです。けれども、同期で足を引っ張る部員は誰一人いなくて、真剣勝負で切磋琢磨できるすごく良いチームでした。引退後は関係性も良くなり、飲み会が開かれると勢いよく集まれる仲になりました。大学で4年間一緒に過ごしてきたときは口をきかないこともあったのに、大人になった僕らは、楽しくお酒を飲めるようになっている。そんな同期が最高に好きなんですよね。

 ピックアップした記事の終盤では、「10年を超える歳月が経って、その交錯した時間はその後の人生の推進力となっている」と書かれています。ここ数年は「箱根から世界へ」という気運が高まっていますが、僕たちの時代は、甲子園大会のように全てを懸けて挑む選手が多かった。この駅伝は出場するだけでも、その人に大きな価値を与えてくれますし、それを誇りに生きていくことが僕は素敵だなと思っています。

 これは生島さんが書く文章で上手いなと思うところの一つですが、三輪さん、大石さん、早川君の過去を深掘りするだけではなく、今どういう人生を送っているのかも描いてくれていますよね。彼らは、箱根に出ていた時代と社会人生活を別物だと割り切りながらも、あのとき走ったプライドを持ち続けてくれている。今でも自分と同じ時間を生きていることが見えてきて、すごく良いなと思ったんです。

<こちらの原稿は「ナンバースポーツライティング実践講座」の授業の一貫として実施された柏原さんへのインタビューをもとに、受講生が執筆した原稿の中で、講師陣の評価が最も高かった高野昭喜さんによるまとめです>

柏原竜二(かしわばら・りゅうじ)

1989年7月13日、福島県生まれ。いわき総合高卒業後、東洋大学に進学。箱根では2009年の第85回大会から4年連続5区を走り、すべて区間賞を獲得。1年次には東洋大初めての総合優勝に貢献した。卒業後は富士通に進み、'17年現役を引退。現在は解説者など幅広く活躍。

photograph by Tadashi Hosoda

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