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「彼はフットボールでも野球でも1番」ヌートバーの“ハイスクール時代”について恩師と友人が語ること【小さな町・エルセグンド探訪記】 

2023/08/03
カリフォルニア州、エルセグンド市。人口2万人に満たない海沿いの地でラーズ・ヌートバーは生まれた。“二刀流”で名を馳せた地域のヒーローが仲間と過ごした日々は、WBCでの彼の姿と重なっていた。

 カリフォルニア州エルセグンド市のレクリエーションセンター。この球場をホームとする地元エルセグンド高校の選手達が球音を響かせていた。10年ほど前、ここにはラーズ・ヌートバーというヒーローがいた。

「ラーズ! サインちょうだい!」と少年たちが叫ぶ。彼はサインをするだけでなく、その後も少年達と楽しそうに話し続けた。

 ある時、身体が不自由な子が、野球とフットボールで高校のスター選手だったヌートバーに「一緒にプレーしたい」と言ってきた。すると彼はいやな顔ひとつ見せず、監督にこんな提案をした。

「もしかすると特別な援助が必要かも知れないし、しっかり見ておかなければならないかも知れないけれど、入れてあげてもいいですか?」

「ラーズはいつも人気者だった。そして彼もこのコミュニティにいる人達を大切にし、仲間にした」

Kumiko Nootbaar
Kumiko Nootbaar

 エルセグンド高校のスティーブ・シェブリンさんは言う。同校のアスレチック・ディレクターを務めて24年、教師兼コーチとして働き始めて34年。ヌートバーが高校1年生と2年生の時に野球部の監督、フットボールでは4年間(アメリカの高校は4年制)、監督を務めた。

 ヌートバーは、気さくで、誰からも好かれる性格だった。そして、周囲をリードする存在だった。高校1年生の時に最上級生だった姉のニコルが生徒会長を務めていたこともあって生徒会の活動も手伝い、長年スポーツチームを陰で支えてくれていたスタッフを称えるイベントを率先して行った。ダンスパーティがあれば先頭を切って踊り、盛り上げてくれる。誰もを引き寄せる魅力に溢れた、学校で1番のアスリートだった。

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photograph by Kumiko Nootbaar

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