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「『ホーム・アローン』の家族のよう」元球児が語るヌートバー家族の“結束”と“涙”【17年前の夏、奇跡の出会い】

2023/07/20
WBC決勝後、フィールドに降りてきた両親と記念撮影
アメリカ国籍ながら日本中の野球ファンの心を掴んだヌートバーの人間性は、どのようにして育まれたのか。17年前の夏、ロサンゼルスの自宅にホームステイした2人の甲子園球児が、一家の情熱と絆を明かした。

 いつも早寝の船橋悠だが、その日は珍しく深夜まで起きていた。ソファで寝落ちしかけたその時、覚えのある名前がテレビから聞こえた。

「カージナルスの1番を打つヌートバー」

 一瞬で目が覚めた。急いでウィキペディアで検索すると、メジャーのポストシーズンに出場しているラーズ・ヌートバーと「あの少年」の面影が重なった。すると猛烈に16年前の夏の4日間が恋しくなった。“カリフォルニアの母”に、久しく途絶えていたクリスマスカードを送ろうと思った。

Masakatsu Shimoda
Masakatsu Shimoda

 2006年の夏。甲子園出場選手を中心に選ばれた高校日本代表メンバー18人に、2人の「5番レフト」がいた。優勝した早稲田実業から船橋、ベスト8の帝京から塩澤佑太。8月末に11日間のアメリカ遠征に向けて日本を発ち、ニューヨークでアメリカ東部選抜と戦ったのち、同西部選抜との試合のためロサンゼルスへ。そこで2人が割り当てられたホームステイ先が、3人の子どもがいる“ヌートバーさんの家”だった。船橋が言う。

「思い出が濃いのでもっと長くいた気がするのですが……滞在したのはたった4日とかなんですよ」

 ロサンゼルス国際空港の到着ロビーで、選手たちを受け入れる家族が一様に待っていた。すぐに見つけたのは塩澤だ。

「ひときわ派手でしたね。自分たちの名前が書かれたカラフルなウェルカムボードを男の子と女の子が持っていた。それがヌートバー家との初対面です」

 滞在先はハリウッド映画で見ていた「アメリカの家」そのものだった。2階に用意された2人の部屋はシャワーとトイレ付き。リビングも台所も庭もとにかく広い。だが何より驚いたのは、10人くらいが住んでいるのでは? と思うほど家がにぎやかだったこと。「さながら『ホーム・アローン』に出てくるファミリーのようでした」と塩澤が笑う。

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photograph by Yukihito Taguchi

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