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[守護者の告白]冨安健洋「この悔しさを忘れない」

2023/01/25
カタール大会までの道は、怪我との戦いの日々でもあった。世界最高峰のリーグで積み重ね、磨いてきたもの。その全てをぶつけられなかった悔しさを胸に、彼は口をひらくことなく、自身のクラブへと戻っていった。宿敵トッテナムとの試合を終えた1月の午後。小雨降るロンドンに彼はいた。W杯の記憶を言葉にして――。

 ハリー・ケインに背中からぶつかった。

 スパーズの観衆の前で、冨安健洋が平然と。ぶ厚い肉体を感じながらも、後ろから何事もなかったかのようにボールをかっさらう。実際、何事でもなかった。

「ケインからボールを奪ったというのも、僕としては特に何でもないことなんです。仮にあれがケインじゃなかったら何も言われていないと思うので」

 ボールを刈り取り、跳び、身体でぶつかる。常に成功するわけではなく、やられることもある。毎試合どこかの有名選手と対戦するプレミアリーグの舞台では、淡々と、真っ直ぐな評価が下される。そんなアーセナルでの日々に感じる充実がある。

「世界的に名の知れた選手が多くいるので、いい意味でも悪い意味でもそんな選手からボールを取ったり、突破を止めたり、なにかワンプレーするだけで日本では取りあげられることもある。90分間で良くなかったとしても、名のある選手を一発バンと止めれば、そこがフォーカスされやすい。あまり踊らされないようにとは思っていますね」

 宿敵に完勝した首位のアーセナルは、さらに差を広げた。冨安はいま、プレミアで一番高いところにいる。

 翌日の午後、練習後に立ち寄ったショーディッチにはいつものように小雨が降っていた。東ロンドンのビル群の間に、夕暮れの淡い光が漂う。

 ワールドカップが終わってからというもの、冨安が口をひらくことはなかった。

 胸の奥では、悔しさとふがいなさが行き来していた。W杯の残像はことあるごとに蘇ってくる。望んだパフォーマンスが出せないまま、初めての大会は幕を閉じた。クロアチア戦後、言葉をひねり出す冨安の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

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photograph by Ryu Voelkel

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