礼に始まり、礼に終わる。
後者のほうは、なかなかに難しい。いかなる結果であっても受け入れて「礼」をしなければならないからだ。形式だけのものでは意味を持たない。
PK戦の末にクロアチア代表に敗れてラウンド16の戦いを終えた森保一は、ロッカールームに戻って選手たちをねぎらった後、ただ一人アルジャヌーブ・スタジアムのテクニカルエリアに戻った。
バッグをベンチに置き、両手を前に組んで姿勢を正してから無人のピッチをじっと眺めていた。
感情を鎮めるために向かったわけではない。サンフレッチェ広島を率いた時代から続けているいつもの習慣であった。
「プレーできる場に対して、始まる前は“選手たちが無事にプレーできますように”、試合を終えた後は“充実した時間を過ごさせていただいてありがとうございました”と伝えるだけのこと。だからあのときだけの特別な行動でも何でもないんです」
つい先ほどまで繰り広げられた熱闘の残り香が、森保をほんのりと包んでいた。
前回のロシアワールドカップで準優勝したクロアチアが相手であっても乗り越えられると信じた。ベスト8に手が届くと信じた。だが結局は、その壁にはね返された。まだまだ足りない何かがそこにはあった。
その日の夜は眠れなかったという。己に問おうとする自分がいた。
「やれることはすべてやれたという思いがありましたから、悔いはないって思っていました。でも時間が経つにつれて、どうやったら勝てたんだろうって“たられば思考”とでも言うんでしょうか。たとえばPK戦でもっと厚みのある準備ができていればとか。そういったものが(頭を)巡るようになって、今もなお続いているんです」
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