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[静岡発寝技レボリューション]ボンサイ柔術という磁場

2022/08/26
18年前、ブラジルから来た出稼ぎ労働者が開いた道場は、やがてRIZINの舞台で名を轟かせることとなる。その強さの源流には何があるのか。自らの柔術を信じ続けた兄弟と、彼らに引き寄せられた人々を訪ねた。

 猛暑も少しやわらいだ真夏の夜、静岡県磐田市の住宅地の道場に、20時をすぎて生徒たちが集まり始める。指導者や生徒たちの間で飛び交う、耳慣れない言葉はポルトガル語。日系ブラジル人たちが、今日も夜おそくまでブラジリアン柔術に打ち込む。

 ボンサイ柔術。この風変りな名を持つ道場は昨年6月13日、東京ドームで開催されたRIZIN.28で、ふたりの選手が活躍したことで脚光を浴びることになった。ホベルト・サトシ・ソウザが初代ライト級チャンピオンになり、クレベル・コイケが朝倉未来を三角絞めで絞め落す。以来、看板も出していない簡素な道場に、格闘技ファンがTシャツを買いに来るようになった。

 RIZIN.37を最後に引退を表明したサトシの兄マルコス(マルキーニョス)・ヨシオ・ソウザ、“シュレック”の愛称と壮絶なファイトで人気を博す関根秀樹もボンサイ柔術所属と、数多くの実力者がひしめく。

 ボンサイ柔術の本拠地、磐田と隣接する浜松にはブラジリアン柔術の道場が多い。そこには地元企業、ホンダやヤマハ、スズキなどの工場で、多くの日系ブラジル人が働いているという背景がある。静岡県はブラジル人の比率が高く、磐田は人口17万弱のうち約5000人、約80万を擁する浜松でも1万人近いブラジル人が暮らしている。

 ボンサイ柔術は1993年、ブラジル最大の都市サンパウロで産声を上げる。創始者はサトシやマルキーニョスの父、アジウソン・ソウザ。日本人女性と結婚した彼は空手、柔道の黒帯を取得し、その後ブラジリアン柔術に打ち込むようになる。

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photograph by Takashi Iga

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