昨夏の甲子園を制覇した智辯和歌山とイチローが紡いだ物語、まずは登場人物を覚えてほしい。智辯和歌山の選手は3人――どこまでも生真面目な主将、1番センターの宮坂厚希。チームきっての元気印、2番セカンド、左打ちの大仲勝海。9番ショート、俊足好打に堅守が加わる大西拓磨。この3人がそれぞれの役を完璧に演じたからこそ、あの“幻のプレー”は生まれた。
2020年の冬に遡る。
イチローを取り囲む智辯和歌山の選手たちは戸惑っていた。頷くもの、目が泳ぐもの、まったく表情が変わらないもの――。
「最初にこの話を聞いたときはちんぷんかんぷんで、頭の中がはてなマークだらけでした。でもよくよく説明を聞いて考えてみたら、ああ、なるほど、確かにそうだなと思って、すぐにチームとして練習してみようということになりました」(主将の宮坂)
「何を言っているのかはすぐにわかったんですけど、すんげえ考え方するんだなって、そんなことを思いつけるイチローさんのほうにビックリしました」(俊足の大西)
「イチローさんの話を聞いてすぐに理解できましたし、何をしなくちゃいけないのかもわかりました。ただ、僕の足だと練習でいくらやってみてもセーフにならないんで(笑)、足の速い宮坂や大西じゃないとムリだなと思いました」(元気印の大仲)
イチローが智辯和歌山に伝えた“幻のプレー”――このとき、イチローは選手たちにこんな言葉で語りかけている。
「ツーアウトで、一、三塁か満塁。あるいは一、二塁でも高校野球だったらチャンスがあるかもしれない。そのケースでショートの深いところにゴロが飛ぶ。そうしたらショートはセカンドに送球するよね。一塁ランナーはスライディングして二塁でアウト。そこでチェンジなんだけど、もし一塁ランナーが二塁ベースを駆け抜けて、タイミングがセーフだったらどうなるか……駆け抜けたあとにオーバーランするわけだから、挟まれてアウトになるよね。でも二塁を踏んだ瞬間はセーフだから、まだチェンジになっていない。挟まれている間に三塁ランナーがホームを踏んでいれば、そこで1点が入る。このほうがよくない? 二塁へスライディングしてスピードを落とすよりも、全力でベースを駆け抜けるほうが早いでしょ。1点に対する意識をどれだけ持てているか。そこは大きく野球を変える。難しい相手はその1点で決まる可能性もあるわけで、そういう野球ができたらもう一個上にいけるよ。どうやって点を取るのかが高校野球のおもしろいところだからね」
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