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「2年で延べ12人」オリックスで相次ぐトミー・ジョン手術…“2度目”に踏み切った小木田敦也とWBC世界一メンバー宇田川優希が語る復帰までのリアル 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byHideki Sugiyama,KYODO

posted2026/11/08 11:04

「2年で延べ12人」オリックスで相次ぐトミー・ジョン手術…“2度目”に踏み切った小木田敦也とWBC世界一メンバー宇田川優希が語る復帰までのリアル<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama,KYODO

2023年のリーグ3連覇に貢献した宇田川優希と小木田敦也。一軍のマウンドから2年以上遠ざかっている

「肘の筋肉が弱くなっていたのを強化したり、その都度うまくいかなかったところを見直して次に活かしてきました。それでも違和感はずっと残っていて、元の感覚ではないな、なんかしっくりこないなというのは今でもあります」

 宇田川は育成ドラフト3位で2021年に入団。2022年に支配下登録を勝ち取ると、剛速球と2種類のフォークを武器に、ブルペンに欠かせない存在となった。その年の日本シリーズでは幾度もチームのピンチを救い日本一に貢献。さらに、23年のWBCメンバーに選出され、世界一へと上り詰めた。輝かしい下剋上だが、今は当時の自分を追い求めることをやめた。

「以前の感覚を参考にするのはいいんですけど、『昔みたいに』と追い求めすぎると、ギャップがデカくなりすぎて、どんどんうまくいかなくなる。だから『新しい自分』と思ったほうが、気持ちが楽になります」

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 今は、来年の春季キャンプを万全の状態で迎えることに照準を当てている。

「来年ダメだったらもう終わりだっていう気持ちで、そういう覚悟でやっていくしかない」と悲壮な決意をのぞかせた。

“経験者”山崎颯一郎の証言

 小木田世代の1人で、7年前の2019年にトミー・ジョン手術を経験している山崎は、こんな見解を語った。

「ウダとかコギは、150km台中盤とか後半を投げていたので、そこに戻そうとするとやっぱり大変だと思います。(手術)前がめっちゃよかったから、壁が高くて、その分、悩むというのはあると思う。僕の時とは違います。僕は全然やったんで。当時は140km台で、150kmを目指してやっていたから、壁はだいぶ低かった。僕は復帰してすぐ、最初のライブBPでマックスが出ましたから」

 山崎は手術後球速が伸び、2022年には当時の球団日本人最速の160kmを記録した。ただそれは手術のおかげというより、投げられない期間のトレーニングや取り組み方が奏功したと考えている。

「僕が手術したのは高卒3年目で、まだ体ができていなかった。トミー・ジョンをやって空いた時間に、ウエイトトレーニングのコツを見つけられたし、野球のことや自分の投球について考えるいい機会になったんです。それまでは、やっとけばいつか球は速なるやろ、ぐらいの緩い考えでやっていたヤツが、『これじゃダメやな』と気づいて、いろんな人のフォームを見たりするようになりましたから」

 とはいえ、今とは違った苦労もあった。

「トミー・ジョンは、今はどちらかというとみんなポジティブに考えていますけど、僕はだいぶネガティブでした。結構絶望していましたね。当時は日本でトミー・ジョンをやっているピッチャーはまだ数えるほどしかいなかったので、『うわ、あのトミー・ジョンかー。俺の野球終わったかな』と思ったぐらいです。でも成功例が増えていけばポジティブになりますし、昔よりも手術の技術は絶対に上がっていると思うので、今はする人も増えていますね」

 そう話す山崎や椋木蓮など、トミー・ジョン経験者の活躍が、他の選手たちの決断を後押しする材料になっている。

 ただ、実際には100%復帰できる保証はなく、当事者は不安や焦りに苛まれ、長期間もがいている選手もいる。しかも翌年復帰できる見込みが少なければ育成契約となる。そんなことは経験しないほうがいいに決まっている。

 怪我人が続出して4位に終わったシーズンを終え、この秋、球団はようやく動き出した。

【レポート第3回は近日公開/第1回から読む】

#1から読む
「痛みはない。無ではないですけど」右肘に20cmの傷跡…オリックス山下舜平大24歳、球団初の“米国でのトミー・ジョン手術”から半年の現在地

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