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「炊飯ジャーだけは本当に…」“直メジャー”の先輩・多田野数人(元インディアンス)が横浜高・織田翔希にエール「通訳はつけないほうがいい」

posted2026/10/31 11:02

 
「炊飯ジャーだけは本当に…」“直メジャー”の先輩・多田野数人(元インディアンス)が横浜高・織田翔希にエール「通訳はつけないほうがいい」<Number Web> photograph by Tatsuo Harada/JIJI PRESS

大学卒業後のドラフト会議で指名漏れを喫した後、MLBインディアンスでプレーした多田野数人氏(左)、「メジャー挑戦」を表明したが巨人からドラフト1位指名を受けた横浜高の織田翔希投手(右)

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近藤裕介

近藤裕介Yusuke Kondo

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Tatsuo Harada/JIJI PRESS

毎年開催されるプロ野球のドラフト会議は、運やさまざまな思惑が絡み合い、選手の人生をあっけなく変える。24年前、22歳だったドラ1候補が一人、天国から地獄へと突き落とされた。当時、立教大4年で、プロ入りが確実視されていた多田野数人。週刊誌に同性愛を題材としたポルノビデオ出演の過去を暴かれ、指名を約束していた球団は手を引いた。表向きはケガの影響とされたが、スキャンダラスに報じられたニュースが、各球団の編成陣に指名回避を促したのは明らかだった。今だからこそ話せる当時の心境を、46歳になった本人が激白した。《全3回の最終回/第1回、第2回も公開中》

多田野氏を救ったCC・サバシアの言葉

 無事にインディアンス(現ガーディアンズ)と契約を結び、2003年シーズンからマイナーリーガーとしての生活をスタートさせた。しかし、週刊誌報道の件はアメリカでも問題視され、翌2004年の1月、現地で記者会見を開くこととなった。

 多田野は真実を正直に話した。すると、のちにメジャーを代表するスーパースターとなる当時のチームメートたちが、次々に声を掛けてくれたという。

「当然、会見の前はめちゃくちゃ不安でした。話を聞いた人がどう思うかなんて分からないですし、もう誰もしゃべってくれなくなるのかな、なんて思ったり、すごく身構えたんです。でも、実際は違いました。会見が終わった後、周りにチームメートが来てくれて『俺たちが助けてやるから』と言ってくれた。私、CC・サバシアとアメリカでチームメイトだったんです。同い年で、イチローさんと一緒に昨年殿堂入りしたすごい投手。彼が、会見の後に声を掛けてくれたのは今も覚えています。あと、長くインディアンスで活躍した(グレイディ・)サイズモアもいました。彼らから、一言『頑張ろうぜ』と言ってもらって、本当にその一言だけで、すごく楽になった。主力選手からの一言って、影響力が大きいんだなと、この時に学びましたね」

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 最高の仲間を得た多田野は同年にメジャー昇格を果たすと、7月には初先発初勝利を記録。その後は2007年のドラフト会議で日本ハムから1位指名を受け、NPBでも活躍した。

“直メジャー”志望の横浜高・織田翔希にエール

 近年、日本のプロ野球を経由せずに直接、渡米する選手が増えてきている。今年は横浜高校の織田翔希が、高卒での米国挑戦を表明した。

 多田野は大卒ではあったものの、数少ない先駆者の一人。“後輩”に向け、エールと助言を送った。

【次ページ】 “直メジャー”志望の横浜高・織田翔希にエール

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