プロ野球PRESSBACK NUMBER
「やっぱり指名できない」“ビデオ出演スキャンダル”で指名漏れ…元日ハム・多田野数人が語る24年前のドラフト「マスコミがたくさん来て…」
posted2026/10/31 11:01
立教大学時代の多田野数人氏。ドラフト会議では即戦力候補として上位指名確実と目されていたが……
text by

近藤裕介Yusuke Kondo
photograph by
JIJI PRESS
「今回はやっぱり指名できない。無理だ」
極限の精神状態の中で、ドラフト当日を迎えた。通常、上位指名候補は所属の学校などで仲間たちと吉報を待つ。だが、この時の多田野には許されなかった、自宅で一人、テレビを見つめた。
指名を確約していたある球団からは、事前に「今回はやっぱり指名できない。無理だ」と連絡があったが、一縷の望みに懸けていた。
「厳しいのは分かっていましたけど、球団は12チームもありますから、どこかは下位の方でも取ってくれるんじゃないかなという、まあ甘い考えはありましたよね。可能性を信じてはいた。どうしても、いいイメージが頭の中にある。指名されて、周りから祝福されて、という……」
ADVERTISEMENT
結果は、指名漏れ。
「最後、指名されないで終わった時は、それこそ愕然としました。あ、これからどうしようと、頭の中は真っ白です。この先、僕はもうプロ野球選手になれないのかと。何を目標にしていいのか分からなくなって、とにかく何の望みもない、そんな心境でした」
決して、法を犯したわけではない。直接的に誰かを傷つけたわけでもない。ただ当時はまだ、今ほどプライバシーの保護や多様性に寛容な時代ではなかった。時代が違えば、野球界や社会全体の反応も変わっていたかもしれない。それでも多田野は、一切の言い訳をしなかった。
「自業自得なんです。私がしたことで、いろいろな人に迷惑をかけてしまった。自分が悪い。あのとき、結果的にずっと支えてくれていた方々の努力を踏みにじるようなことをしてしまった。そこは本当に、今も反省しています」
“どん底”の多田野氏を救ったのは?
それでも、捨てる神あれば、拾う神あり。絶望の淵にいた多田野に、救いの手を差し伸べてくれる人たちがいた。


