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小学校時代は「エースで主将」も…なぜ裏方を目指した? 仙台育英“史上初の女子部員”が明かした「納得のワケ」入部に必要だった“3つの条件”とは

posted2026/10/01 11:05

 
小学校時代は「エースで主将」も…なぜ裏方を目指した? 仙台育英“史上初の女子部員”が明かした「納得のワケ」入部に必要だった“3つの条件”とは<Number Web> photograph by Shiro Miyake

父は元プロ野球選手ということもあり、小学校時代は選手としても活躍した星よつはさん。なぜ高校では「名門校の裏方」を選んだのか?

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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Shiro Miyake

 今夏の甲子園で最も注目を集めたひとりが、仙台育英で学生コーチ兼マネージャーを務めた星よつはだろう。名門史上初の女子部員として、SNS等で大きな話題となった。果たしてそんな喧騒を、彼女はどう受け止めたのか。また、前人未踏の軌跡には、どんな物語があったのだろうか。《NumberWebインタビュー全4回の2回目/つづきを読む》

 星よつははアニメが好きなのだという。

 野球道を志してはいるが、イチオシの作品を聞くと、バレーボールを題材にした『ハイキュー!!』と答えた。理由は「心に刺さるセリフやシーンが多いから」だそうだ。

 星が育った宮城県を舞台にしたこの物語は、小柄な主人公の日向翔陽が「小さな巨人」に憧れを抱く場面から始まる。

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 星にとって「小さな巨人」にあたる存在は、父の孝典だった。

 仙台育英時代の1999年と2000年の夏に甲子園出場を果たし、東北学院大を経て05年に巨人に入団。11年に西武へと移籍し、16年に現役生活に区切りをつけた。

「キャプテンでエース」だった小学校時代の星

 08年生まれのよつはが野球を始めたのも、孝典が野球の第一線から離れたころだった。

 父の故郷である宮城に移ってから所属した蒲町スポーツ少年団では、最上級生の小学6年生になるとキャプテンでエースを務めた。ただ、自分ではひたすらに野球に打ち込んでいるだけなのに「たったひとりの女性選手」というだけで、なぜか周囲は褒めてくれた。

 星はそこに違和感を抱えていた。

 10代前半の女性は男性より身体の成長が早いとされ、スポ少どころか中学の野球部にだって「エースで4番バッター」の女子部員がいることも珍しくはない。

 どうして私だけ? と思わなかったか。

 星に尋ねると「まあ……」と、所在なさげにうなずくのみだった。だが、それでもなお野球人として折れなかった背景に話題を展開すると、少しだけ本音を垣間見せる。

「結構、泣き虫でした」

 ふふふ、と笑い想いをつなげる。

「父に鍛えられていることもあってメンタルは強すぎるところもあるんですけど、意外と心配性なところもあって。『こういうふうに思われたりしないかな?』とか思ったり『ひとりで何とかしないと』ってなったりした時期があって、抱えきれなくなって泣きながら両親に相談したことも結構あったんです。でも、そういうときに両親とか周りの方に支えてもらったことが助けになりました」

【次ページ】 選手への未練は…「あんまりなかった」

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