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「あ、殴られるな」大学進学を蹴ってプロへ…オリックス・吉田輝星はなぜ恩師を“裏切った”のか?「車を出迎えて頭を下げた」金農旋風のウラ側

posted2026/11/09 06:00

 
「あ、殴られるな」大学進学を蹴ってプロへ…オリックス・吉田輝星はなぜ恩師を“裏切った”のか?「車を出迎えて頭を下げた」金農旋風のウラ側<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

金農旋風から8年。プロの荒波にもまれ、たくましさを増した吉田輝星

text by

近藤裕介

近藤裕介Yusuke Kondo

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Keiji Ishikawa

あれから、もう8年がたった。2018年、夏。第100回の記念大会だった甲子園で、秋田代表・金足農業が旋風を巻き起こした。その中心は、端正なマスクに、どこかやんちゃな雰囲気も漂わせたエース・吉田輝星だった。決勝で大阪桐蔭に敗れ、しばらくしてから、吉田は進路を大学からプロへ変更する。決断に「後悔はない」と言いながらも、「本当に申し訳なかった」と懺悔する理由は――。大フィーバーの中で迎えたドラフト会議、人気者ゆえのプロ入り後の苦悩など、当時を振り返りながら本音を語ってもらった。《全3回の1回目/第2回、第3回も公開中》

 “あの夏”まで、吉田は知る人ぞ知る好投手でしかなかった。プロ入りは夢だったが、全国大会に出たこともなく、進路は大学進学が最も現実的な選択肢だった。

八戸学院大進学を決めた理由は「正村さん」

 進路決定に大きく関わっていたのが、当時、八戸学院大で監督を務めていた正村公弘(現・亜大監督)だ。投手育成に長けた名将は、太平洋に面した八戸から、わざわざ日本海側の秋田・金足農業まで何度も車を走らせ、まだ何者でもない右腕を熱心に指導した。

 投球のいろはを叩き込まれた吉田は、急成長を遂げる。“正村さん”の存在なくして、あの感動的な甲子園での活躍はなかった。8年が経過した今も、受けた大きな恩は心に残ったままだ。

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「ずっと正村さんにいろいろと教えてもらっていて、その感覚が良かったんです。それを継続していたら、2年の冬を越した途端、急にボーンと(投球のレベルが)上がりました。やっぱり、今でもめっちゃ感謝しています」

 3年夏の秋田大会が始まる前には、プロ入りの夢を一時封印し、八戸学院大への進学を決めていた。恩人であり、信頼する正村監督の下で4年間じっくり腕を磨いてから、プロに挑戦するつもりだった。

 順調に勝ち上がった県大会の決勝で、吉田は今季38本塁打のロッテ・山口航輝や、オリックスでチームメートとなった曽谷龍平を擁した明桜を完封する。ここから一気に、物語が動き出す。

【次ページ】 プロを意識した「え、輝星も行くっしょ?」

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