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「ノモを訪ねるように」石井浩郎二軍監督からの指令にキョトン…若き日の西武・栗山巧が“伝説の人”から得たもの「現実味があるとはまったく…」
text by

栗山巧Takumi Kuriyama
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/09/26 11:02
引退セレモニーで野茂英雄(左)から花束を受け取る栗山巧
当時ライオンズで取り組んでいたのは、いわゆるフリーウエイトのトレーニング。
大きなダンベルを、ベンチプレスやスクワット、デッドリフトなどで持ち上げることで筋肉に負荷をかける手法です。
プロでもそういうやり方が主流でしたが、野茂さんは違った。
「スロートレーニング」についていけず…
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ダンベルではなく、大型のマシンを使う。安全に、効率的にトレーニングをしていました。多くのメニューをこなすことで、全身の筋肉をまんべんなく鍛えていく。今日は上半身、今日は下半身と、ひとつの部位に集中的に負荷をかけることもしません。
「これを私たちは『スロートレーニング』と呼んでいる」
大川さんはそう説明してくれました。
実際にやってみると、スローという言葉が持つイメージとはまったく違いました。
確かに激しく身体を動かしたりはしないのですが、効率的に身体に負荷をかけるので、結果としてとてもしんどい。ついていけず、ショックでした。トレーニングなら、人並み以上にやってきたつもりでした。でも、まったく足りていなかった。
野茂効果で打撃に変化「自信が芽生えた」
石井さんはそれを見抜いて、僕を野茂さんのところに行かせたのだと思います。
フィジカルトレーニングを続けていく中で、少しずつ打撃にも変化が生まれました。
6月くらいから、打球の質が変わった。スイングが強くなっているのを実感できました。そのことで、多少詰まってもヒットゾーンにボールを運べる自信が芽生えてきたのです。
田邊(徳雄)さんによる「逆方向縛り」はもう解除されていました。でもこうして肉体改造が進んだことで「長くボールを見て打つ形」が自分のものになった。
二軍で打率3割3分の成績を挙げられたのも、一軍で初安打を打てたのも、こうした積み重ねがあったからこそ。僕はそう感じていました。《第2回につづく》


