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「高校野球をネタにしたことは一度もありません」板東英二が熱く語った…“1大会83奪三振”の偉業も「甲子園に出たのが偉いわけやない」本音の高校野球論 

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安藤嘉浩

安藤嘉浩Yoshihiro Ando

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posted2026/08/16 06:01

「高校野球をネタにしたことは一度もありません」板東英二が熱く語った…“1大会83奪三振”の偉業も「甲子園に出たのが偉いわけやない」本音の高校野球論<Number Web> photograph by KYODO

2008年8月2日、徳島商のユニフォームで甲子園の開会式に登場。板東英二さんにとって「高校野球」は特別だった

 同年夏前に兵庫県立歴史博物館(姫路市)で開催された特別展「夏・甲子園」には、「こんなものしか残っていませんが」と40回大会の参加記念章を貸し出してくれたという記憶がある。このとき集めた逸品の数々が、甲子園歴史館の展示物のベースになっている。

 特別展「夏・甲子園」の内覧会にもわざわざ足を運んで下さり、「みなさん知らんでしょうが、ぼく、すごいピッチャーだったんです」と挨拶して会場を盛り上げてくれた。

 同年夏の第90回記念大会では開会式前に実施した「甲子園レジェンズ」のキャッチボールイベントに、村椿さんとともに参加した。当時68歳。徳島商のユニホーム姿で子どもたちともボールを投げ合い、村椿さんと「次は100回大会で会おう」と約束を交わした。

「宝物として体の中に…」板東英二にとっての高校野球

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 それから10年後の2018年8月16日、板東さんは懐かしい甲子園のマウンドに上がった。第100回大会を記念して連日実施した「レジェンド始球式」に登板したのだ。

 ぼくは当日、朝日新聞の担当記者として、球場で板東さんを出迎え、室内練習場でのウォーミングアップから本番、その後の記者会見まで案内役を務めた。

「そや、金沢さん(阪神園芸の金沢健児甲子園施設部長)に砂を少しわけてもらわんと」「おお、かみじょうくん(タレントのかみじょうたけしさん)来てくれたんか」。早朝から78歳とは思えないエネルギッシュさだった。

 マウンドでは、大きく振りかぶって渾身の力でストレートを投げ込んだ。捕手の手前でワンバウンドしたが、力強い球筋にスタンドは沸いた。報徳学園(兵庫)の投手に声をかけ、名残惜しそうにマウンドを降りた。

「甲子園に出たとか、優勝旗をもらったんが偉いわけやない」。板東さんは語っていた。

「甲子園に出られんでも、頑張って練習したことが、宝物として体の中に残っている。人生の壁にぶつかったとき、それが財産になるんです」

 高校野球の記録と記憶に残る大投手は、高校野球にとって大恩人でもあった。

前編とあわせてお読みください>

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板東英二の告白「ぼくはカーブが投げられんのです」甲子園の伝説“延長18回再試合”はこうして生まれた…じつは「ようできた優等生」旧友たちが語る素顔

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