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「チームがないと試合もできないので…」球速140キロ目前でも…部員はひとりだけ!? 青森“たったひとりの野球部員”が語った「連合チームの意義」

posted2026/08/14 17:02

 
「チームがないと試合もできないので…」球速140キロ目前でも…部員はひとりだけ!? 青森“たったひとりの野球部員”が語った「連合チームの意義」<Number Web> photograph by Yuki Nihei

野辺地高校野球部の「たったひとりの部員」である松舘侑希。高校トップ級の140キロを目指した彼が、連合チームで得た経験とは?

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二瓶祐綺

二瓶祐綺Yuki Nihei

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Yuki Nihei

 熱戦が続く夏の甲子園。強豪が躍動する一方で、日本各地を見回してみれば、特に地方では少子化の影響もあり、部員不足に悩むチームも多いのが現状だ。そんな中で、青森の「たったひとりの野球部員」が目指した“夢”とは何だったのか。《NumberWebレポート全2回の2回目/最初から読む》

 青森県の野辺地高校唯一の野球部員・松舘侑希。

 たったひとりの野球部員という環境ながら、兄でトレーナーの拓斗さんとのトレーニングの成果もあり、120キロに満たなかった球速がわずか半年強で135キロまで跳ね上がった。

意気揚々と迎えた高2の夏大会…直前に「まさか」

 そのトレーニングの成果を発揮しようという高校2年時の夏大会直前――松館を悲劇が襲った。夏の大会に向けての練習試合中、マウンドの松舘にピッチャー返しの打球が直撃したのだ。

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「当たった瞬間に『これは折れたな』と感じました。その瞬間、『これで夏は無理だなぁ』と思って……涙が出ましたね」

 松舘の活動を支える佐藤康平監督も、その当時のことを振り返って語る。

「ケガをした日に、初めて泣いたのを見たんですね。その時に、彼の野球にかける想いが強くなっていることを改めて感じました」

 結局、病院での診断結果は右手首の骨折だった。夏の大会では背番号1をつけたものの、試合に出場することは叶わなかった。つづく秋大会もベンチから試合を見守ることになった。

 ただ、試合に出られない中でも松舘は前を向いていた。

「最初は落ち込んだんですけど、まだ2年生だったので。最後の1年間が勝負だと思って切り替えました」

 ケガのショックから気持ちを切り替え、翌年の春へと照準を合わせた。骨折の影響で腕や上半身を使ったトレーニングは出来なかったが、その分下半身を鍛えるトレーニングを重点的に行った。76キロだった体重は、7キロ増えて83キロになった。

 そして3年生となった今春、満を持して公式戦に復帰した。

【次ページ】 監督が伝えた連合チームならではの「メンタル指導」

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