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「松井秀喜は巨人の監督の厳しさをわかっています」元巨人の担当広報が“長嶋さんとの約束”発言に「松井監督の野球は手堅くなる。なぜなら…」 

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赤坂英一

赤坂英一Eiichi Akasaka

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posted2026/08/13 11:01

「松井秀喜は巨人の監督の厳しさをわかっています」元巨人の担当広報が“長嶋さんとの約束”発言に「松井監督の野球は手堅くなる。なぜなら…」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

阿部慎之助前監督(左)の次の巨人監督はどうなるのだろうか? 有力候補と考えられる松井秀喜氏(右)の胸中を、最もよく知る元広報・香坂英典氏に尋ねた

 その時、優勝旅行の同行取材をしていた報道陣に、野球の経験者がたくさんいたんで、僕が声をかけて草野球をやったんです。記者さんにやわらかいボールとバットを買ってきてもらって、場所を探して、ゴールドコーストの浜辺の一部を借りる許可を取ってね。

頭脳派キャッチャーぶりを見せた松井

 そうしたら、松井は野手じゃなくて捕手をやったんだ。『僕、中学まで捕手だったんですよ』って。それで僕が打席に立ると、きっちり打ち取ろうとしてくるの。インサイドを突いてのけぞらせて、外の球で空振りを取ろうとしたり、思わず見送っちゃうようなところへ投げさせたりと、1球1球に意図があるんだよ。

 何だ、コイツ、マジじゃん、真剣じゃん! そう思ったんで、僕が投手で、打者の松井と対戦した時は、こっちも真剣に投げました。そういう投球ならこっちのほうが長けてるからね(笑)。

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 その時、改めて思ったんだ。松井って、ただ一発を狙って大雑把に振り回してるんじゃない。本番の試合でも、相手バッテリーの攻め方を細かいところまでしっかり研究してるんだなって。実際、あの頃の松井は胸元や膝元をガンガン攻められても、しっかり踏み込んで打ち返していた。それだけ、いつも周到に準備してたからなんですよ。

 松井は18歳で巨人に入ってきた時から、周りにいるいろんな人のサポートを受け、感謝しながらも、大切なことはいつも自分で考えて自分で決めてきた。監督になってからもそれは変わらないでしょう」

 3年後の97年、松井氏の野球観はさらなる進化を見せる。

「松井は97年にライトからセンターにコンバートされたでしょう。FA移籍してきた広澤克実が回ってきて、98年には高橋由伸も入ってきたからね。そうしたら、しばらくして『野球がわかってきた、野球が見えるようになってきました』って、彼は言うんです。

 やっぱり、センターラインは野球の要。捕手の阿部慎之助もそうだけど、そこを守ることによって初めて見えるもの、そこを守る彼らにしか見えないものがあるんじゃないかな」

松井のFA騒動

 松井氏は言わば、巨人の顔であると同時に、屋台骨でもあった。誰にも取って代われない地位を築いた02年オフ、松井氏がFA宣言してメジャーリーグへの挑戦を表明した時、巨人は大揺れに揺れた。

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