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ライバルのメルセデス代表も優勝に歓喜! 生ける伝説ルイス・ハミルトンがフェラーリ初勝利に31戦を要した理由とは
posted2026/06/17 06:01
2番手スタートから逆転で勝利を挙げ、喜ぶハミルトン
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尾張正博Masahiro Owari
photograph by
Getty Images
ふたりの男が、歴代最多勝記録を持つレジェンドの106勝目を特別な思いで祝っていた。
第7戦バルセロナ・カタルーニャGPは、フロントロウからスタートしたルイス・ハミルトン(フェラーリ)が、アグレッシブなピットストップ戦略とレース後半に出されたバーチャル・セーフティカー(VSC)を味方につけ、逆転優勝した。
ハミルトンが表彰台の頂点に立つのは2024年ベルギーGP以来、2シーズンぶり。12シーズン過ごしたメルセデスからフェラーリに移籍した昨年は、キャリア19年目にして初めて、一度も表彰台に立てない苦しいシーズンを送った。
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ハミルトンの復活を誰よりも喜んだのが、そのハミルトンをメルセデスからフェラーリに移籍させたフレデリック・バスール代表だった。
F1にデビューする前、下部カテゴリーでレースを戦っていたハミルトンが所属していたチームの代表が創設者でもあるバスールだった。ハミルトンはそこでタイトルを獲得し、F1へと羽ばたいていった。
バスールもハミルトンの後を追うようにF1へ進出し、ルノー、ザウバー、アルファロメオのチーム代表を歴任。ハミルトンと再び共に戦う機会が訪れたのは、バスールがフェラーリの代表に就任した23年だった。
子供のころ、フェラーリで勝ちまくっていたミハエル・シューマッハを見て育ったハミルトンにとって、他の多くのドライバー同様、跳ね馬のエンブレムは憧れの存在だった。
「あの真紅のマシンに乗ったら、どんな気分になるのだろう」
ふたりは23年のモナコGPで話し合いを始めた。契約上、24年までの移籍は不可能だったが、25年に実現した。
移籍直後に狂いはじめた歯車
「バスールがいなければ、この移籍はなかった」と喜んだハミルトンだったが、フェラーリ加入直後の25年1月末に行われたテストで走行中にクラッシュ。当時チームは負傷はなかったと説明していたが、実際にはドライビングにも影響を与えるような負傷に見舞われていた。
「実はそのケガの後遺症に数カ月間悩まされていたんだ。それと、僕が加入してから、しばらくチームと反りが合わなかったことにも苦しんだ。というのも、僕は勝つために必要だと感じたら何でも言うタイプだけど、フェラーリには伝統があり、スタッフはその伝統に誇りを感じて仕事している。僕の意見を受け止めるのは簡単ではなかったと思う」
そんなハミルトンの味方になったのが、バスールだった。
「彼は常に僕を信じ、真剣に耳を傾けてくれた。僕が求めた改善策を実行するために奔走してくれた」
跳ね馬で初めてトップチェッカーを受けたハミルトンは、ウイニングランを終えてパルクフェルメにマシンを止めると、バスールに駆け寄り、抱き合った。

