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ライバルのメルセデス代表も優勝に歓喜! 生ける伝説ルイス・ハミルトンがフェラーリ初勝利に31戦を要した理由とは
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尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2026/06/17 06:01
2番手スタートから逆転で勝利を挙げ、喜ぶハミルトン
「彼(バスール)がいなければ、チームの改革は実現しなかっただろう。心から感謝している」
ハミルトンの言葉にバスールは「この優勝はルイス自身によるもの。私なんて何も貢献していない」と謙遜した後、こう言ってハミルトンを称えた。
「ルイスにとって昨年は本当に厳しいシーズンだった。スパやブダペストでは、かなり落ち込んでいて、チームと良好な関係を築くことや互いを理解することに苦労していた。それでも、ルイスはフェラーリを復活させるという情熱を失わず、毎週火曜日にファクトリーにやってきて改革を推進し続けた。そのあきらめない姿勢がファクトリーで働く人々の意識を変えて信頼を勝ち取り、優勝という結果につながったんだ」
バスールと親密な関係にあるメルセデス代表
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もうひとり、この日の優勝を特別な思いで受け止めていたのはトト・ウォルフ。ハミルトンがフェラーリに移籍する前まで所属していたメルセデスの代表だ。
ハミルトンとメルセデスは、12シーズンで84回の優勝、6回のドライバーズチャンピオンシップ獲得という成績を収め、F1史上、最高の成功を達成したパートナーとなった。
にもかかわらず、ハミルトンは24年末でメルセデスを離脱し、25年からフェラーリの一員になった。しかし、ウォルフはいまもハミルトンを気にかけ、バスールとの関係も維持している。というのも、バスールとはドライバー育成で協力しあってきた仲で、ウォルフの結婚式ではバスールが花婿介添人を務めたほど、プライベートでも親密な関係を築いているからだ。
「ルイスからフェラーリ行きの決断を明かされたときは驚いたし、フレッドに対しては正直、苛立ったときもあった。でも、フレッドがルイスと非常に親密なことは理解している。フレッドはレーシングドライバーの心を理解している。私とは全く異なる指導者だが、ルイスとともに必ず成功を手に入れるだろうと思っていた。『もしわれわれが勝てないなら、勝つべきはルイスだ』と私はいつも言っているが、その日がやってきた。表彰台に立つルイスを見て、いまではフェラーリに送り出して良かったと思っている。ルイスとフレッド、本当におめでとう」
ミハエル・シューマッハがフェラーリで初優勝を遂げたのが、1996年のスペインGPだった。当時、サンドイッチを食べながら伝説のドライバーの走りを見ていたハミルトン少年は、30年後に跳ね馬で優勝という夢を達成した。
「表彰台の下でフェラーリのスタッフがイタリア国歌を歌っている光景を見たときは感情が込み上げてきた。彼らと喜びを分かち合うという経験は何物にも勝る幸せな瞬間だった。気絶しそうになるほど、喜びで胸がいっぱいだった」

