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「じつは日本のジムからも話はあった」大橋ジムと契約終了…平岡アンディが語る“無職のボクサー”のリアル「父とベルトを巻きたい」「試合に飢えている」 

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栗田シメイ

栗田シメイShimei Kurita

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posted2026/06/18 11:05

「じつは日本のジムからも話はあった」大橋ジムと契約終了…平岡アンディが語る“無職のボクサー”のリアル「父とベルトを巻きたい」「試合に飢えている」<Number Web> photograph by Shimei Kurita

今年3月、10年間所属した大橋ジムを離れた平岡アンディ(2026年4月撮影)

 ただし、現状の“無所属”の生活は決して楽ではない。平岡は4年ほど前までジムでインストラクターの仕事をしながらボクシングに打ち込んでいたが、近年ではボクシングに打ち込む環境ができていた。しかし今回の契約終了に伴い離れたスポンサーもいる。

「大橋ジムの平岡アンディ」ではなくなった影響は、生活面でも感じることがある。それでも、平岡は自身の選択に後悔はないという。

 8月で30歳を迎える。ボクサーとして残された時間はそう多くない、という現実が頭を過ぎる機会も増えた。

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「年齢的にはまだいけるっちゃいけるって年だし、逆にそんなに時間があるかっていったら、そんなにない。世界チャンピオンになる、ということを考えたら自分にはそんな時間はない。だから、なるべく早く世界戦へと辿り着ける道を探したいな、とは考えています。それこそ海外へ拠点を移すことまで視野に入れて。中量級だとどうしても本場はアメリカになる。練習のパートナーの質や量も含めて、海外だとまだ自分の実力を伸ばせる機会もあるかもしれません」

 長くてもキャリアは36歳まで――。それが平岡が描く、残りのボクシング人生だ。ゲイリー・ラッセルとの一戦は、キャリアについて考える転機にもなったという。

「肉体的なピークを考えると、あと数年間で結果を残す必要がある。だから、今後はより世界戦を組める可能性を重視したいんです。この階級だと、アジア人はどうしても下に見られる。アウェイで戦うため、圧倒的な試合をしないと判定でも不利になることもあるかもしれない。それは自分では変えられない仕方ないことと受け止めている。ただ、ラッセルの試合では不思議とアメリカ人の心を掴めた、という手応えもあるんです」

“気弱なボクシング少年”の面影

 2014年にライト級で東日本新人王を獲得後、ロサンゼルスで2年間の武者修行に出た経験もある。アメリカ人の父を持つ平岡は、そこで自身のルーツについても深く考える機会を得た。現地の風土は自分の気質に合い、今も忘れがたい記憶として残っている。

 将来的に所属がアメリカになろうとも、大きな抵抗はないだろう。ただし、今の平岡が考えていることはより単純で、ボクサーとしての本能に訴えかけるものである。

「試合に飢えている。それがどの場所になっても、今は出来るだけ早く皆さんの前で試合をする姿を再び見せたい。そして、誰よりも自分が絶対に世界王者になれると信じています。100%そうなる、と」

 かつて『さんまのスーパーからくりTV』に出演した“気弱なボクシング少年”の面影は、もはやどこにもない。国内有数のジムから移ろうとも、その視線は明確に世界タイトルだけを見据えている。

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「なんで俺だけ」大橋ジムと突然の契約終了…世界ランカー平岡アンディ29歳の本音「気持ちがピタッと切れた」世界戦延期、度重なるトラブル
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