ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER

「現ナマ1億円」前代未聞の招待状…Uインター崩壊を生んだ“1億円トーナメント”はなぜ開催されたのか? 過激な人気団体のウラに“自転車操業”の現実 

text by

堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

PROFILE

photograph by東京スポーツ新聞社

posted2026/06/17 11:00

「現ナマ1億円」前代未聞の招待状…Uインター崩壊を生んだ“1億円トーナメント”はなぜ開催されたのか? 過激な人気団体のウラに“自転車操業”の現実<Number Web> photograph by 東京スポーツ新聞社

1億円を並べ、各団体のエース5選手に出場を呼びかけるUインターの鈴木健取締役

「現ナマ1億円」前代未聞の記者会見

 1994年2月15日、神奈川県の新横浜グレイスホテルで前代未聞の記者会見が行われた。

 Uインターの宮戸優光、安生洋二、鈴木健の3取締役が出席し、プロレス界で誰がいちばん強いのかを決めるべく「’94プロレスリング・ワールド・トーナメント」開催を発表。出場選手はUインターの主力レスラーだけでなく「特別招待選手」として、当時の新日本プロレスのIWGPヘビー級王者・橋本真也、全日本プロレスの三冠ヘビー級王者・三沢光晴、さらにリングスの前田日明、パンクラスの船木誠勝、WARの天龍源一郎という国内主要団体のエース5人をノミネート。

 各団体に招待状を送ることを公表し、さらにこの特別招待選手が優勝した場合は優勝賞金として当時としては破格の1億円を用意するとして会見場の机に現ナマ1億円を並べて、一方的にトーナメントへの参加を呼びかけたのだ。

ADVERTISEMENT

 このトーナメントを企画したのは、もちろんUインターの実質的なプロデューサーだった宮戸優光だ。宮戸はUインターのリングで「格闘技世界一決定戦」を開催するなど、全盛期のアントニオ猪木および70年代の新日本プロレスを現代版として再現するような企画を次々と仕掛けてきたが、「プロレスリング・ワールド・トーナメント」もまた、かつて日本プロレスや70年代の新日本で行われた「ワールドリーグ戦」の意思と意義を受け継ぐ企画として考えられたものだ。

1億円トーナメントの原点

 この時、宮戸が「どうしたらアントニオ猪木時代のワールドリーグ戦の熱を蘇らせることができるのか?」を考えた時に出てきたのが他団体のトップレスラーたちを「招待選手」とする案だったが、そのもともとのアイデアはUインターの若手社員から出てきたものだった。

 宮戸は自著で次のように語っている。

「当時、営業担当で池田克明という若手社員がいたのだが、その池田が『宮戸さんはどんなメンバーを考えているのですか?』と聞いてきた。当時のメンバーとしては、すでにUインターに参加している選手が中心にならざるを得ない。それにどれだけプラスできるかということで、多少は外国人で候補がいた。それを言うと池田が、『それ、ちょっと弱いんじゃないですかね』とはっきり感想を述べたのだ」

【次ページ】 ギャランティー、賞金、キチッとした招待状

BACK 1 2 3 NEXT
#UWFインターナショナル
#高田延彦
#宮戸優光
#安生洋二
#アントニオ猪木
#前田日明
#橋本真也
#三沢光晴
#船木誠勝
#天龍源一郎

プロレスの前後の記事

ページトップ