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久保建英らと日本代表で活躍、18歳で“日本一の10番”に…なぜプロになれなかった?「広島の天才サッカー少年」が明かしたその「意外なワケ」
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別府響Hibiki Beppu
photograph byAFLO
posted2026/06/18 11:01
アンダー世代ではW杯代表である久保建英や菅原由勢らとともに長らく活躍した桂陸人。なぜ“広島の天才FW”はプロになれなかったのか
「この頃からはもう、本当に人生がサッカー一色になっていました。授業以外はサッカーだし、代表活動も多かったので公欠もかなりありました。学校の友人とも世界が違ってしまう。だから僕、サッカー関係以外の友人って小学校時代しかいないんですよ(笑)。
もちろんいま、サッカーを離れた立場で振り返ってみると、こういう生き方は良いことだけではないとも思います。サッカーだけに懸けるというのは相応のリスクもあると、今でこそ思えますけど……14歳とかではそんなこと考えられませんでしたしね」
一方で、そうしてサッカーにのめりこむのに比例して、桂の実力は伸びていった。
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高校入学後はユースチームでも1年次から試合に出て活躍。3年次の2018年には、高校年代の日本一を決める高円宮杯の舞台にも、背番号10番をつけて立った。年末の決勝では鹿島アントラーズユースを2-1で下し、全国の頂点に立っている。
「高校時代はそれでも初めて“壁”にもぶつかりました。中学時代までは足の速さや、身体の強さといった、シンプルな運動能力の高さで押してこられたんです。でも、他の選手の成長期ともぶつかって、それだけでは突出することができなくなってしまった。1年目、2年目と全く通用しないワケではないけれど、これまでほどの活躍ができないというか……」
そこで桂が目を向けたのが、これまでやってこなかった基礎技術のトレーニングだったという。
「僕はサッカーを始めたのが4年生と周りと比べて遅かったのもあって、ドリブルやボールコントロールといった基礎をしっかり練習したことがほとんどなかったんです。このタイミングでようやくそこに時間と意識を割くことができた。そのおかげもあって3年生になる頃には、何とかまたチームの中心に戻ってくることができたと思います」
持ち前の運動能力に加えて、基礎技術が身についたことで、チーム状況に合わせてポジションや役割、プレースタイルを自在に変えられる力も身についた。全国制覇をはじめとして、目に見える結果も残した。もちろん、これまで同様アンダー世代の代表にも選ばれ続けた。
高校卒業後は、トップチームで活躍…のはずが?
高校卒業後は、満を持してトップチームへ――。そう桂が考えることも当然のことだったと言える。
ところがそんな未来図は、意外な展開をむかえることになる。
<次回へつづく>

