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久保建英らと日本代表で活躍、18歳で“日本一の10番”に…なぜプロになれなかった?「広島の天才サッカー少年」が明かしたその「意外なワケ」
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別府響Hibiki Beppu
photograph byAFLO
posted2026/06/18 11:01
アンダー世代ではW杯代表である久保建英や菅原由勢らとともに長らく活躍した桂陸人。なぜ“広島の天才FW”はプロになれなかったのか
そんな経緯を経て、サッカーにのめりこんでいく中で、多くの少年たちと同じく桂の中にも「Jリーガーになって、日本代表に。いつかはW杯に」という朧げな夢が芽生えるようになった。
広島在住の桂にとって、当然ながら憧れはサンフレッチェ広島の選手たちだった。
「6年生になった時に、どうしても広島のU-15のジュニアユースに入りたくて。でも、当時は8人制の少年サッカーのチームで本当に8番目の選手だったので。全然特別な才能があったとかじゃなかったんです。それもあって『セレクションは受けたいけど、受かるわけないよなぁ』というのが本音でした」
小6で“覚醒”…「突然足が速くなったんです(笑)」
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ただ、ある種の“記念受験”のつもりではあったとはいえ、受ける以上はやれることはやりたかった。6年生になると同時に、両親に付き合ってもらって早朝のランニングをはじめた。加えてクラブの練習後にも、公園に向かうと夜遅くまでコツコツとシュート練習に励んだ。
両親にサッカー経験はなく、当時はいまほど情報があったわけでもない。本人からすれば「特別な練習をしたわけではない」。それでも桂の熱量は、自身の成長期とも相まって、驚異的な効果を発揮した。
「そんな生活を4カ月くらい続けていたら、突然足がめちゃくちゃ速くなったんです(笑)。身体も強くなって、8番目ぎりぎりだったチームでも夏頃には一気にエースになれて。12月のセレクションに向けて、少しだけ自信が出てきました」
結局、桂は12月のセレクションでは300人の候補者から選抜される合格者に選ばれた。
そこから中学校に入学して以降は、桂本人の言葉を借りれば「ちょっとうまくいきすぎた」という。
「セレクションに合格したとはいえ、もともとは記念受験のつもりでしたから、16人いる同学年の選手で真ん中より下くらいの実力かな……と思っていたんです。たぶん、実際には本当にそのくらいだったと思うんです。でも、なにがよかったのか監督・コーチに結構評価してもらって。そのおかげで早い段階でもう上の学年の試合に呼んでもらえたんです」

