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「鎌田大地との関係性」がカギ? W杯日本代表に守田英正が選外だったワケ…2人の“共存”から“二者択一”への変質と「鎌田の重い役割」とは
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佐藤景Kei Sato
photograph byAFLO
posted2026/05/18 17:01
しばらく前までは守田(5番)と鎌田(15番)はボランチとシャドーとして共存していたが……守田が本大会メンバーから選外となった意味とは?
3月には森保監督が直接守田に連絡を取っていたが……
一時は負傷の影響もあり、コンディションを落としていた守田だが、所属するポルトガルの名門スポルティングでは中軸として確固たる地位を築いている。今季もシーズン終盤にさしかかるにつれて明確にトップフォームを取り戻していった。3月のイギリス遠征で1年ぶりの招集が期待されながらも選外となった際には、森保監督が自ら電話で連絡を取って激励し、代表スタッフもポルトガルに足を運んでさらなる奮起を促したという。改めて代表が求めるボランチ像を共有したはずだ。
2024年6月、アジア2次予選のミャンマー戦からチームは3バックを採用するようになった。そのきっかけとなったのは、守田をはじめ数人の選手たちからの進言があったためだ。以降、3バック+攻撃的なウイングバックがチームに定着したことは周知の通りである。
守田のチーム内の立ち位置が変化していた
第2期森保体制の中心選手の一人であり、スタッフも気にかけるほどの存在であった守田がなぜ外れたのか。さまざまな理由が考えられるが、チーム構成の変化が影響しているのは間違いないだろう。かつて森保ジャパンにおいて、守田と鎌田は「ボランチとシャドー」として共存し、中盤の質を担保する関係にあった。
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しかし、前述の通り鎌田がボランチとして定着したことで、両者の関係は「共存」から「二者択一」へと変質したように思う。実のところ、現在の代表において守田のプレースタイルは、中盤でゲームをコントロールする鎌田の役割と重なる部分が多い。そして守田が代表を離れている間に、鎌田と佐野海舟のコンビが確立され、ダブルボランチの最適解が示された。
一方で守田と佐野海舟が代表で同時にピッチに立ったのはともに後半途中から出場した2024年1月のアジアカップ・インドネシア戦の10分足らずだ。

