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「できなかったことには理由がある」春大会で“センバツ王者”大阪桐蔭を撃破…あの“岡田彰布も出身”古豪が復活のワケは?「勝負事は逃げたら負け」 

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沢井史

沢井史Fumi Sawai

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photograph byNanae Suzuki

posted2026/05/14 06:04

「できなかったことには理由がある」春大会で“センバツ王者”大阪桐蔭を撃破…あの“岡田彰布も出身”古豪が復活のワケは?「勝負事は逃げたら負け」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

春季大阪府大会の準決勝でセンバツ王者の大阪桐蔭を破った関大北陽。最後の夏の甲子園出場は1999年まで遡る

 それでもやはり大阪桐蔭、そして今春の決勝で敗れた履正社は分厚い壁と指揮官は言う。

「今まで勝てた試合もありましたけれど、負けた試合の方が多いですからね。監督として勝てなかった悔しさが積み重なって今がありますから。でも試合をするのは選手。負けた試合にしても、どう捉えてどう今後に生かしていくかが大事です。さらにそういう中でどんな学校生活を送っていくかも大事だと思っています」

野球部は寮ナシ…部員は自宅から通学

 関大北陽野球部は1926年に創部され、今年でちょうど100周年となる。学校は大阪市東淀川区にあり、阪急京都線沿いにある校舎と全国クラスの強豪のサッカー部が練習する綺麗な人工芝のグラウンドが車窓からもすぐに目に留まる。

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 野球部のグラウンドは学校から自転車で10分ほどの距離の場所にあり、東海道新幹線の高架の真隣に位置する。野球部の寮はなく、全員が自宅通学している。

 そのため、在籍する選手はほとんどが大阪府内、もしくは通学圏内の兵庫県南東部出身だ。

 部員は硬式チームの出身が多くを占めているが、中学時代にレギュラーだった選手ばかりではない。

「硬式チームでも出場機会に恵まれなかった選手や、2番手、3番手だった子がウチはほとんど。〇〇代表とか、U15クラスの選手はウチには来てくれませんから」

 やや自嘲気味にこう話す辻本監督は、99年に大学を卒業直後にコーチとなり、監督になるまでの15年間、コーチとしても長らくチームを支えてきた。コーチ時代から含めると30年間近く母校の指導に携わってきたことになる。

 その長い指導歴を経て、辻本監督が選手らと向き合う中で大事にしてきたことがある。

「まず、自分に妥協をしないこと。目標をちゃんと設定すること。嫌なことから逃げないこと。この3つは大事じゃないかって思いますね」

 昨秋の府大会では4回戦で府内屈指の進学校・生野に4-5で屈した。生野のエース右腕の松本真を前にあと1本が出ず敗れたが、辻本監督はある危機感を覚えていた。

【次ページ】 なかなか破れなかった「準決勝の壁」

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