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「なんだこれ?ひどいマスクだな…」佐山聡が唖然とした“手書きのタイガーマスク”「もう最悪でした」本人が今明かす、伝説デビュー戦の“まさかの経緯”

posted2026/05/06 11:01

 
「なんだこれ?ひどいマスクだな…」佐山聡が唖然とした“手書きのタイガーマスク”「もう最悪でした」本人が今明かす、伝説デビュー戦の“まさかの経緯”<Number Web> photograph by 東京スポーツ/アフロ

急遽作製された手書きのマスクでデビュー戦を闘ったタイガーマスク(1981年)

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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東京スポーツ/アフロ

1980年代に空前のプロレスブームを巻き起こした初代タイガーマスクが、4月23日でデビュー45周年を迎えた。芸人・玉袋筋太郎、構成作家の椎名基樹、プロレス格闘技ライターの堀江ガンツの3人が、アントニオ猪木に関係が深かったプロレスラーや関係者にインタビューした『闘魂伝承座談会2 闘いのワンダーランド編』(白夜書房)より、2021年に収録した初代タイガーマスク・佐山聡のインタビューを抜粋して紹介する。45年もの月日が経ってもファンの記憶は色褪せない、不世出のプロレスラーの真実とは?《全3回の2回目/第3回に続く

◆◆◆

ガンツ 佐山さんは若手時代、海外武者修行でメキシコに行ったあと、フロリダのゴッチさんのところに3カ月くらい行っていたんですよね?

佐山 はい。メキシコ遠征に出て、体重が10キロ以上落ちちゃったんですよ。そんな状況のときにたまたまゴッチさんがメキシコに来て、「なんだその身体は! もうメキシコは離れろ。イギリスに行け!」って言われたんですよ。

玉袋「組長もフロリダに…運命的だな」

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椎名 イギリス行きはゴッチさんの指示だったんですね。

佐山 それでイギリスに行く前に体調を戻すためにフロリダに3カ月行って。ちょうどそのとき、藤原さんもゴッチさんのところで修行していたので、同じアパートに泊めてもらっていました。

玉袋 そこで偶然、組長もフロリダにいるっていうのが運命的だな。

佐山 藤原さんはボクが来るまでの3カ月間、スパーリングをする相手がいなかったから基礎練習しかさせてもらえなかったみたいなんですよ。だからボクが行ってようやく関節技の練習ができるようになって、よろこんでいましたね。

玉袋 そのゴッチさんと佐山さん、藤原組長の練習から「藤原ノート(藤原喜明手描きの技術書)」が生まれるわけだもんな~。で、佐山さんはそっからイギリスに行って、サミー・リーというリングネームになるわけですよね。

英プロモーターの態度が「コロッと変わった」瞬間

佐山 イギリスはゴッチさんのブッキングだったんですけど、なんか話がちゃんと通っていなかったみたいで、向こうに着いたらプロモーターが「なんで、いまさらジャパニーズが来るんだ?」みたいな顔をしていたんですよ。でも事務所の裏の道場で「ちょっと動きを見せてみろ」と言われて、向こうのレスラーと模擬試合みたいなことをやって、サマーソルトキックとかいろんな動きを見せたら、態度がコロッと変わっちゃって(笑)。

椎名 コイツはカネになるぞと(笑)。

【次ページ】 四次元殺法は「食っていくため」に生まれた

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