バレーボールPRESSBACK NUMBER
清水邦広39歳現役引退「膝の状態は、だいぶヤバいです」大ケガを乗り越えた“大エース”が最後まで愛された理由「やっぱりバレー、面白いっすよ」
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph bySankei Shimbun
posted2026/04/24 17:00
大阪ブルテオンの新体制発表会で笑顔を見せる清水邦広(2025年10月、中央)。後輩たちに思いを託し、今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ
取材現場では、世界各国の強さを「打つ前から絶望的なほどデカいブロックがあった」と自虐的に表現したり、「二枚看板」を「二人柱(ふたりばしら)」と言い間違えたりとたくさん笑いを提供してくれる存在であったが、試合に敗れた時は責任を一身に背負った。
ロンドン五輪、リオ五輪と最終予選で立て続けに敗退を喫した時は「自分が決めきれなくて負けた」と悔やみ、大きな背中を小さくかがめていた。そんな姿を目にするたびに胸が痛んだのだが、どんな状況よりもつらかったのは2018年2月のV・プレミアリーグのファイナル6で、選手生命を脅かす大ケガを負った瞬間を目の当たりにした時だった。
「調子がよくて身体が動きすぎていた」という清水は、自身のスパイクがブロックされた時にそのボールを避けようとして空中で体勢を崩し、着地の際に右膝を大きく捻った。そのまま立ち上がることもできず、コートに横たわったまま呻き声を上げる。
ADVERTISEMENT
簡単なケガではないことは、会場全体に流れた異様な空気と共に伝わってきた。
同じパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)のセッター深津英臣の茫然とした顔が忘れられない。その兄で、対戦相手としてコートに立っていた深津旭広は、試合後の記者会見で両目に涙をためながら「どういう状態かわからないけど、僕はまた、あの人と一緒にプレーがしたいです」と言葉を詰まらせた。
引退を覚悟した大ケガからの再起
後日発表された診断結果は、右膝前十字靱帯断裂、内側側副靱帯断裂、半月板損傷、軟骨損傷で全治12カ月。周囲も本人も一時は復帰を諦めるほどの大ケガだった。だが、手術とリハビリを経て、清水は再びコートに戻ってきた。
リハビリ中の病院へ、清水を訪ねたことがある。
バレーボールだけでなく、さまざまな競技の選手たちとともにリハビリメニューを黙々とこなす。2時間近いメニューを終える頃には汗を滲ませた清水は苦笑いを浮かべた。
「動き的には全然、簡単なものばっかりなんです。でもまだ、これだけで息が上がっちゃって。先は長いですね」
だが、脅威の回復力と努力で清水がコートに戻ってきたのは、引退をも覚悟した大ケガからわずか1年後の2019年2月のこと。盟友の福澤とともに「集大成」と位置づけ目指した東京五輪へ向け、同年日本代表に復帰しワールドカップにも出場を果たした。
とはいえ、大ケガを負ったことに変わりはない。その後も幾度となく手術を繰り返した。全盛期に比べるとジャンプ力や機動力は衰えたが、緩急をつけて相手のブロックをうまく利用するなど「巧さ」を備えた清水は、円熟味を増したプレーで再び日本代表に名を連ね、2021年東京五輪のメンバーに返り咲いた。
「全然跳べないし、膝が痛くないかと言えば正直、痛いです。でもできることは確実に増えた気がするし、前とは違う楽しさがある。やっぱりバレー、面白いっすよ」



