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涙が止まらないほどの自己嫌悪…宮崎早織が振り返る東京五輪・銀メダルとバスケ人生「寂しさは全然ありますけど…」《インタビュー》
posted2026/04/23 06:01
2014年に入団して以来、ENEOSで12年間にわたってプレーした
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Tadashi Hosoda
復帰は「100%ない」と断言できる理由
「寂しさは全然ありますね。二十数年間続けてきたバスケットボール人生が終わる。そう思うと心にぽっかりと穴が空いたような感覚で」
人生の半分以上の時間を、バスケットボールとともに歩んできた。隣にいるのがまさに当たり前だったような「親友」のような存在が消える。
しかし、その寂しさを抱えながらも、彼女はどこかすっきりとしている。
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「でもだからといって復帰は一切ないので」
いたずらっ子のような人懐こい笑顔を見せた。
復帰は「100%ない」と断言できるのは、自分がやるべきこと、やれること、そしてやりたいことを、すべてまっとうしたからだ。
30歳で迎えた今シーズン、彼女のパフォーマンスは過去最高を記録した。スタッツもパフォーマンスも、この12年間で一番だったと宮崎自身も認めるほど輝いていた。もちろん体力的な限界は微塵も感じていない。それでも彼女がユニフォームを脱ぐという決意をしたのは、銀メダルを獲得した東京五輪後に自らが立てた「パリまで突っ走る」という目標を完遂したからにほかならない。
東京五輪では日本バスケ界の歴史を塗り替える快挙を成し遂げたが、最終戦後、彼女を待っていたのは、涙が止まらないほどの自己嫌悪だった。
「当時は12人目のメンバーだと思っていて。スタメンで試合に出たりコートに立つ機会も多くはありませんでした。そのとき、パリでは絶対に自分がスタメンでコートに立つと強く決意して、3年間を過ごしたんです」
パリではスタメンとしてコートに立ち、自らの手で試合を動かした。メダルには届かなかったものの、宮崎自身は「やりきった」と胸を張る。彼女にとっては、長い旅を終えるための最後のピースの1つが、このパリ五輪だったのかもしれない。そしてパリで彼女はようやく自分自身を認められたのかもしれない。
パリの五輪の後、次の大きな目標を見失った彼女は、周囲に惜しまれつつ引退を表明し、最後のシーズンで最高の成績を手にし、笑顔でコートを去った。
「もっとできたはずってよく言われますけど、私は次の目標を選びたい。バスケをやめても自分が好きなこと、興味のあることに挑戦していきたいし、特に女性アスリートのセカンドキャリアの選択肢を増やせる存在ではありたいですね」
トム・ホーバスに突きつけられた自分の甘さ
最も大きな影響を受け、そして「めっちゃ怖かった」というトム・ホーバスさんへの思いなどを語った動画インタビューの短縮版はYouTubeの「Number」チャンネルでも公開中だ。
NumberPREMIERで公開中のインタビュー動画完全版では、以下のような話題についても語っている。
- ⚫︎引退を伝えたときの馬瓜エブリンの反応は?
- ⚫︎東京五輪最終戦後、実家で流した悔し涙
- ⚫︎「右ドライブにかけた」独自の生存戦略
- ⚫︎ENEOSで学んだ勝者のメンタリティとは?
- ⚫︎岡本彩也花、吉田亜沙美、宮澤夕貴らが持つオーラ
- ⚫︎毎日の「瞑想」で目標達成をイメージしていた
- ⚫︎宮崎のマイ・ベストゲームは?
二十数年間のバスケ人生、そして引退を決断するに至った経緯や気持ちなどを率直に語ってくれた50分弱の独占インタビュー、ぜひご覧ください。
【完全版を見る】動画インタビュー完全版は前編と後編の2本立てで公開中。前編は「寂しさは全然あります」宮崎早織が振り返るバスケ人生と“涙が止まらなかった自己嫌悪”の正体「東京五輪でメダルを獲ったけど…」でご覧になれます。



