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「痛い、痛い、痛い」元バレー代表・古賀紗理那が泣き叫んだ“壮絶”出産秘話「筋力があるから安産だった」医師や助産師に言われて驚いたこと 

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2026/04/21 11:01

「痛い、痛い、痛い」元バレー代表・古賀紗理那が泣き叫んだ“壮絶”出産秘話「筋力があるから安産だった」医師や助産師に言われて驚いたこと<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

第一子の出産を振り返ってくれた元バレーボール日本代表・古賀紗理那さん

 麻酔を追加し、いよいよ産まれるというタイミングで西田が駆けつけた。その時点では痛みも治まっていたが、いきみ始めて頭が出てくると、想像を絶するすさまじい痛みに悶絶した。

「無痛なんて意味がない! と叫びたくなるぐらい痛くて痛くて。裂けているのがわかるし、痛い、痛い、痛いって泣き叫んでいるから呼吸ができなくて、過呼吸になったんです。そんな私を見かねて、夫が近くで『呼吸しろ!』と叫ぶ。私の代わりに助産師さんの声を聞いて『今、今出るよ。もう半分出てきたから』とずっと励まし続けてくれました」

 深夜3時から15時32分の誕生まで、約12時間。医師や助産師からは「基礎筋力があるからちゃんといきめていたし、安産だった」と聞かされたが、これで安産なら壮絶すぎると笑いながら、命の誕生の重さを噛みしめる。

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「やっと産まれて来てくれて、子どもに会えた喜びで涙する人もいると聞きますけど、私はとにかく痛くて痛くてたまらなかったから、嬉しいよりもまず『やっと出てきてくれた』と(笑)。西田と3人で写真を撮った時に初めて感動が押し寄せてきて、改めて、出産はすごいことなんだと実感しました」

 週末の試合に備え、夫は出産翌日早くに帰阪した。名残惜しそうに何度も我が子を愛でる姿を見て、妻として、母として喜びを感じると同時に、シーズン真っただ中にも関わらず、夫の出産立ち合いを快く認めてくれた大阪ブルテオンにも「本当にありがたかった」と感謝する。

「最初の予定日はホームゲームがある週の水曜だったので、立ち会っても迷惑をかけないでいられるからよかったと思っていたけれど、そこから延びに延びた。冗談半分でチームメイトやスタッフの方々からは『お前の奥さん、いつ産むの?』と言われていたらしいですけど(笑)、予定日がずれても立ち合い出産ができて、みんなに祝福してもらった。すぐに世界クラブ(選手権)でブラジルへ行かなければならなかったので、夫はかなり寂しそうでしたけど、帰国したらすぐ子どものもとへ駆けつけ、抱っこしていました」

新たに動き出すプロジェクト

 年明け1月には子どもと愛犬と共に我が家での生活がスタートした。目まぐるしい毎日を過ごし、我が子の健康に100パーセントの気を配り、愛情を注ぐ日々。だが、少しずつ“西田紗理那”としてだけでなく、アスリート“古賀紗理那”としてやりたいことについても考える時間が増え始めてきた。

 実は、出産前から動き始めていたプロジェクトもある。

「バレーボールの指導をしたい、とずっと思っていたので、出産前の11月に社団法人を立ち上げました。これから少しずつ、動いていこうと思っているんです」

 指導者になると聞けば、SVリーグか、はたまた日本代表かと想像する。だが古賀が「教えたい」と願う対象は違う。古賀の視線はこれからを担う中高生たちに向けられていた。

第3回に続く〉

#3に続く
「あんたは主人公なんだから」古賀紗理那が夫・西田有志との“ルール”を破ってまで伝えたこと「私と結婚してからマジメになりすぎた気がして…」
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