甲子園の風BACK NUMBER
「新入部員0人→5人」無名公立校が“あの明徳義塾に善戦”するまで「未経験者も入部…猛練習やめた」「制服がブレザーに」33歳監督が明かすウラ側
text by

井上幸太Kota Inoue
photograph byKota Inoue
posted2026/04/04 11:02
高知農野球部監督、下坂充洋(33歳)
「変わらなくちゃいけない。練習効率を考えよう、と。今までは練習量に対して大会の成果が見合っていなかった。結果が出るように、練習の効率をよくしていった方が絶対いいだろうなと思ったので。全部見つめ直して、勉強し直しました」
連合チームに…その現実
ノックを例にとると、それまでは平日練習で一人100球前後受けていたのが、全選手で200球程度にまで減らした。人数が少ない分、一人ひとりに目が届く利点を生かし、マンツーマンの指導にこだわった。
「コミュニケーションを取る。結果を出すためのいいスイング、いい投げ方、いい捕り方は何なのか、今までは量を課して見つけさせたものを、一緒に考えて見つける。その意味での効率です。試合で結果が出るとうれしい。うれしいから、もっと練習しよう。子どもらが自主的に量を増やすのが理想だと思いました」
ADVERTISEMENT
この年の3月にあった春の県大会までは、連合チームを継続。秋から翌2023年の春にかけても別のチームと連合を組み、他校の選手と接する機会が増えたのも、下坂にとって幸運だったと言える。
「連合は、平日はそれぞれのチームで練習して、週末に集まるんですね。すると、1週間後にびっくりするぐらい上手くなっている他校の選手がいる。平日の練習内容を教えてもらったり、『こんなきっかけがあって』と転機を聞かせてもらったり。オフの時期も同じ形で練習していたので、ウチの体づくりと他校のやり方のどちらが効率的なのか比較もできました。メリットがたくさんありましたね」
学校の制服刷新も効果…
練習内容を大幅に刷新した翌年の2023年にも、5人の選手が入部した。下坂が「すっごく明るい子たちで、それもまた大きかった」というメンバーが加わり、今に続く「野球を楽しむ雰囲気」が形作られた。
高校にも変化があった。生徒数全体が減少傾向だったが、徐々に盛り返し始めたのだ。校長の塩田雅彦が「生徒たちにも非常に好評」というブレザーに制服が刷新され、「農を学び、農で学ぶ」のスローガンの下、各学科の学習内容を明確にし、生徒を引き付けるPRも実を結び始めていた。
変革の日々は、下坂に指導者を志したきっかけを思い出させた。
「自分が高校生だった当時は、嫌々練習をやっている選手が多かったんですね。それをなくしたいなと思っていたし、教員になった理由でもありました。監督がいようがいまいが、練習の雰囲気は変わらない方がいいし、やれと言われるよりも『こういう風にやりたい』と言える方がいい」
練習量の減少は、決して熱意の後退ではない。指導方針を変えながらも、下坂の変わらぬ熱意によって、力のある選手たちも高知農に目を向けるようになる。


