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「今なら大問題」全女で“本当にあった”新人への深夜説教「集合」の正体…豊田真奈美の下積み時代を支えた両親の借金「マミに送ってやらんといけんけ」
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伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph byHideki Sugiyama/AFLO
posted2026/03/13 11:00
現役時代は「飛翔天女」のキャッチフレーズで人気を博した元女子レスラー・豊田真奈美さんインタビュー【第1回】
月給4万5000円…父から届いた現金書留
――「辞めたい!」にはならなかった?
豊田 毎日毎日、辞めたいと思ってた。私は高校1年で中退して、あんなちっちゃい町から「プロレスラーになる!」って言って出てきたから、帰ったら親が笑われると思って、トップを獲るまでは絶対帰らないと思ってた。事務所の前に、公衆電話があったじゃない?
――“涙の公衆電話ボックス”ね。
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豊田 そう(笑)。そこから、もう今日は辞めるって言うぞって思って電話をして、「もしもし」って言ったら、「がんばっとるか?」みたいな感じでバババーって返ってくるから、辞めるって言えなくなって、「うん。がんばってるよ。またかけるね。バイバイ」って、泣いてるのを気づかれないように。でも、それがあって良かったと思うよ。
――お金もなかったでしょうに。
豊田 お金はなかったよ。プロになる前までは、5万円から米代が引かれて4万5000円しかもらえてなかったから。毎日試合だったから、ほぼ外食になっちゃうけど、4万5000円じゃ育ちざかり、食べざかりのころだから足りないよね。月の真ん中ぐらいになったら実家に電話して、「大変申し訳ありませんが、お金がなくなってしまいました」って言って、現金書留が届くのが待ち遠しくて。
――10代だから、振込じゃなくて書留ね。
豊田 あとから聞いたら、そのお金を送ってもらってたとき、親の仕事が傾いてきちゃってた時期だったらしく。お父さんは運送業の会社をやってたんだけど、近所の人に頭を下げて、借りてまで送ってきてくれたらしいのね。
「マミに送ってやらんといけんけ」
――借金して送金してくれていたのは、どういう形で知ったんですか。
豊田 お母さんが亡くなってから、お母さんが行ってた美容院に遊びに行ったときに、「あんた、あのときは大変だったんだよ」って聞かされた。会社が大変だったのに、「『マミが送ってくれ言うから、送ってやらんといけんけ』って、お金を借りに来てたんだよ」って。そういうのを聞いたらね……。ほんとに……。
――聞いたのは、何歳ぐらいで。
豊田 20歳は過ぎてたと思う。お母さんは、私が20歳のときに50歳でくも膜下で亡くなってるから。
――ということは、女子プロレス界のトップの権威だったWWWA世界シングル王座のベルトを巻いた姿を見せられなかったということですね。
豊田 そう。見てない。見せたかったねぇ。まだ心配ばっかかけてるときに死んでしまったから。んー、それは後悔だね。《つづく》

