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英才教育の父に「彼は素晴らしい父親。ただ…」アリサ・リュウの“物語”は母国でどう受け止められた? 使用楽曲が再ブーム、地元アイス店は「生涯無料」に
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一野洋Hiroshi Ichino
photograph byAsami Enomoto / JMPA
posted2026/02/27 17:05
ミラノ五輪で2つの金メダルを獲得した米国のアリサ・リュウ。その波乱万丈な競技人生は母国でどのように受け止められたのだろうか?
引退後の2年間、彼女は「復帰するかどうかも分からない」と不安を抱えたままリンクから完全に離れた。エベレスト・ベースキャンプを訪れ、心理学を学び、スケート関連のSNSを削除した。競争から離れる時間は、自分を取り戻す時間だった。復帰は父のためでも、スポンサーのためでもない。自分のためだった。
『NBCスポーツ』は金メダルを獲得した彼女を「自分のやり方でやり遂げた」と報じた。
コーチを自ら選び、音楽を決め、練習量を管理する。かつて父が解任したコーチと再び組んだことも象徴的だった。それは反抗ではなく、再設計だった。設計図を書き換えたのは、彼女自身だった。
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フリーの演技後、彼女は言った。
「メダルは必要じゃなかった。必要だったのは、ステージ」
この言葉に、アメリカのメディアは強く反応した。勝利は副産物。主語は自分。それは“父のプロジェクト”の完成ではなく、“自分のプロジェクト”の完遂だった。
フリーでの使用楽曲が…再ブームに!
その“ステージ”は、氷の上だけにとどまらなかった。
『NBCニュース』は、彼女のフリー演技で使用された楽曲にも注目した。ディスコの歌姫ドナ・サマーが1978年に歌った『MacArthur Park』。リュウの滑走とともに流れたその楽曲は、競技終了後に思わぬ再ブームを巻き起こした。
『Forbes.com』によれば、Spotifyでの同曲の再生数は約900%増加。Chart DataがXで発信したデータによると、iTunesのトップ10にもランクインしたという。一人の20歳のスケーターが選んだ音楽が、40年以上前のディスコ・アンセムを再びチャートに押し上げる。人々が反応したのは、金色のメダルではない。氷上に戻ってきた彼女の物語だった。

