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「名声もインタビューも、全部が嫌いでした」アリサ・リュウがじつは苦しんでいた“天才少女”の呪縛…なぜミラノ五輪で「メダルは必要ではない」と語ったか? 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2026/02/22 11:02

「名声もインタビューも、全部が嫌いでした」アリサ・リュウがじつは苦しんでいた“天才少女”の呪縛…なぜミラノ五輪で「メダルは必要ではない」と語ったか?<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

ミラノ五輪で金メダルを獲得したアリサ・リュウ(アメリカ)

UCLAで学ぶ、“普通の学生”に

 リュウの成長と躍進を支えていたのは、学校もプライベートも二の次にし、「スケートが生活」というほど時間も力も注いだことがあった。そこにはフィギュアスケートが好きで、花開かせたいという父の方針があった。よりよい指導者を求め、世界中を探したこともあるというエピソードもそれを裏付ける。2020年に長年教わった指導者から別のコーチに変更後、しばしばコーチ陣が変わったのもその姿勢を伝える。

 また、活動資金として50万ドルとも、100万ドルとも言われる費用を使ったことを父はテレビの取材で語ってもいる。

 ただ、そこにリュウの心はあったかどうか。

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 結果として、リュウは引退し、「ずっと何かに囚われていた状態から解き放たれ」、自由を選んだ。

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に学び、バイトもするなど、学生として望んでいた「ふつうの生活」を過ごしていた。スケートとのかかわりは完全に断ち切っていた。

 やがて転機が訪れる。

リュウに訪れた転機…鮮やかな復活劇

 ある日、友人たちとスキーに行った。するとスケートから離れて初めて「アドレナリンが湧くのを感じた」。久しぶりにリンクに戻って滑ってみた。その中でダブルアクセルに挑み、着氷したという。

 もう一度スケートをやってみよう。決意すると、引退する前、父により解雇されていたコーチらに自らコンタクトをとり、復帰の意思を告げる。彼らのサポートを得て、2024年3月、復帰を表明した。

 2024-2025シーズン、競技に戻ると、スケートカナダで6位、NHK杯では4位、全米選手権2位、シーズンを締めくくる世界選手権の代表をつかんだ。

 それにとどまらない。2025年3月、迎えた世界選手権で金メダルを獲得。鮮やかな復活劇を演じた。

 2年間、完全にリンクから離れていたブランクは大きいはずだ。それを考えれば、驚異的というほかない。

【次ページ】 なぜリュウは「メダルは必要ではない」と言ったのか?

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