フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER

木原龍一“じつは引退寸前だった”7年前…「りくりゅう」三浦璃来と黄金ペアなぜ生まれた? ペアに誘った“重要人物”が明かす、両親を説得した日 

text by

和田隆文

和田隆文Takafumi Wada

PROFILE

photograph byAsami Enomoto / JMPA

posted2026/02/16 17:02

木原龍一“じつは引退寸前だった”7年前…「りくりゅう」三浦璃来と黄金ペアなぜ生まれた? ペアに誘った“重要人物”が明かす、両親を説得した日<Number Web> photograph by Asami Enomoto / JMPA

木原龍一33歳と三浦璃来24歳。“りくりゅう”ペアが誕生するまで

名古屋の両親も説得した…

 候補となる大柄な男子選手は何人かいた。声を掛けてもほとんど関心を示さない選手や「シングル失格」「都落ち」と受け止める選手もいる中で、木原には「まんざらでもないというか、そういう感じ」を受けた。中京大で顔を合わせるたびに気軽な立ち話で勧誘を続け、同時に外堀も埋めていった。

 木原をシングルで指導していた長久保裕コーチに話を通すと、「100パーセント反対じゃない、みたいな感じだった」という印象を受けた。長久保コーチは1972年札幌冬季五輪のペア日本代表。シングルもやった自身の経験を踏まえ、ペアをやることで体幹が強くなり、シングルのスキルも高まると言って木原の試みを後押ししてくれた。木原はジュニア時代に苦しんでいたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を、ペアに転向してからは無理なく跳べるようになった。 

 名古屋の両親には小林さんがあいさつに出向いた。駅の改札まで迎えにきてくれた木原に「うちの家族、みんな体が大きいんですよ」と声を掛けられ、緊張がすっとほぐれた。ペアに転向すればオリンピアンになれる、が本人と家族への殺し文句。父親に「芳子さん、はしごだけは外さないでくださいよ」と言われたことは今でも忘れられない。

なぜ木原の“ペア適性”を見抜けたか?

ADVERTISEMENT

 木原はシングルで世界ジュニア代表になるほどスケート技術が高く、体も比較的大きかった。その中で、小林さんが特に目を付けた理由の一つが「誠実な感じ」だった。

 ペアには性格や競技での相性に加え、女子に対する男子の「保護能力」が必要だと小林さんは考えていた。海外遠征や中京大での練習で木原の保護能力をふとしたときに感じ、「例えば、女の子が転んだらさっと手を出していた」と振り返る。  

 高橋とのトライアルを経て木原の転向が決まった。13年1月のことだった。日本のペアの潮目は変わった。

 中京大アイスアリーナ「オーロラリンク」の自動ドアの手前でつむがれたストーリーには、後日談がある。高橋、須崎を経て、3人目の三浦とコンビを組むことになり、木原は小林さんに結成を報告した際に「でも、一つ問題があって」と切り出して、こう言った。

「女の子を3人変えて変なやつだと思われませんか?」

 世界のフィギュア界を見渡すまでもなく、ペアやアイスダンスで相棒を変えるのはそれほど珍しいことではない。米国やカナダには専用のマッチングサイトがあるほどだという。それにしても、小林さんが見込んでいた木原の人柄を示すようなひとこまだった。

関連記事

BACK 1 2 3
#りくりゅう
#三浦璃来
#木原龍一
#小林芳子
#ミラノ・コルティナ五輪
#オリンピック・パラリンピック

フィギュアスケートの前後の記事

ページトップ