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木原龍一“じつは引退寸前だった”7年前…「りくりゅう」三浦璃来と黄金ペアなぜ生まれた? ペアに誘った“重要人物”が明かす、両親を説得した日
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和田隆文Takafumi Wada
photograph byAsami Enomoto / JMPA
posted2026/02/16 17:02
木原龍一33歳と三浦璃来24歳。“りくりゅう”ペアが誕生するまで
三浦もスケート靴をはいて木原とともにリンクへ戻った。コーナーで後ろ向きに両足を交差させながら滑るバッククロスから、木原が三浦を持ち上げ、空中へ投げ上げた。シングルのツイストリフト。リンク脇で見ていた小林さんはあまりの高さに驚き、「あの瞬間、これはいけると思った」。のちに邦和スポーツランドで改めてトライアウトが行われ、三浦のオファーを受けた木原は引退を撤回。理由をこう述懐した。
「あの感触は本当にびっくりして。これならひょっとしたらって思った」
三浦璃来・木原龍一組はこうして生まれた。いたわり合い、温かい雰囲気と評されるペア。あのトライアルの日、木原が自動ドアに足をかけるのがあと一歩でも早かったら、あるいは誕生していなかったかもしれない。
木原をペアに発掘した“重要人物”
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カナダのトロント近郊オークビルでマルコット氏らの指導を受けて着実にレベルを上げ、22年北京五輪はペアで日本勢初の入賞となる7位に入った。翌22~23年シーズンには、グランプリ(GP)ファイナル、四大陸選手権、世界選手権の主要国際大会3冠を果たして年間グランドスラムを達成。結成から4年で世界のトップへ駆け上がった。
2人が初めてGPファイナルを制した22年イタリア・トリノ大会で、小林さんの心に深く刻まれた言葉が二つある。世界的な振付師であるローリー・ニコルさんが近寄ってきて、「あの人たちはスペシャルね」とつぶやいた。そして、木原はしみじみと言った。
「10年かかって、ここまで来られました」
さかのぼること約10年前、連盟は手詰まりになっていた。
その頃、日本のペアは人材が極めて不足していた。14年ソチ五輪から団体戦が新たに採用されることになっていたが、全日本選手権のペアは1組のみの出場か、実施されない年が続いていた。
その1組は高橋成美とカナダ出身でアジアにルーツを持つマービン・トランのペアで、五輪に絡んでトランの国籍問題も抱えていた。この2人は12年世界選手権で銅メダルの快挙を遂げたが、その年のうちにコンビを解消。それに先立って小林さんが連盟のペア発掘担当となり、11年6月にトライアルを初開催した。
小林さんは木原に狙いを定めていた。


